亘

人生タクシーの亘のレビュー・感想・評価

人生タクシー(2015年製作の映画)
3.8
【イランの現状を映すモキュメンタリー】
当局から映画撮影を禁止された監督ジャファル・パナヒがタクシー運転手に扮し首都テヘランの街中を回る。そこには違法に洋画DVDを売る男や迷信に囚われた老女たちなどイランの現実が現れていた。

ジャファル・パナヒ監督によるモキュメンタリー作品。タクシー運転手に扮した監督と乗客の会話、乗客同士の会話などを通してイランの日常を切り取る。みな自然に話しているけど、会話の内容はイランの芸術政策の批判だったり体制批判が多い。それは監督の想いを代弁させているのだろう。監督自身が言っているわけではなく、あくまで乗客が世間話として言っているということにして批判をかわす、当局に目をつけられている監督の試行錯誤の結果なのだ。そしてテヘランの実際の街並みをよく見ることができる点も本作のポイント。

特に印象に残った乗客をピックアップする。
[自称強盗の男性と女性教師]
イランの死刑制度について。女性教師が死刑廃止派なのに対して男性は死刑賛成派。死刑の見せしめによって犯罪抑止をしようという男性と根本の問題解決にならないという女性は白熱した議論をする。
イランはイスラム法に則して厳しい死刑制度を採用している国。監督としてもヨーロッパを中心に死刑廃止が進んでいる中でのイランの現状を観客に考えさせたかったのだろう。

[海外映画のDVDを販売する男]
パナヒ監督に最初に気づいた乗客。海外の映画が厳しく取り締まられているイランで、違法にDVD レンタル業を営んでいる。とはいっても大々的に店舗を持てないため顧客の元に出張してDVDを売る。さらには文化活動としてパナヒ監督と組んで商売しようとする。
イランのDVD レンタル事情について知ることができる貴重なシーン。文化活動としてパナヒ監督に迫るのも、きっとパナヒ監督自身海外映画・ドラマを広める文化活動が必要だと感じていると思う。

[泉に向かう老姉妹]
指定の時間までに金魚を泉に返さないと死んでしまうと焦る姉妹にパナヒ監督が振り回される。迷信を本気で信じる人々がいる現状を憂う内容だと思うが、同時に不測の事態が起きたと見せて本作がノンフィクションであることを示そうとしている演出にも思える。

[監督の姪]
乗客ではないが、少しませていて可愛らしい少女。彼女は学校の課題で映画を撮るのにあたり以下のルールを課される。
上映可能な映画のルール
・女性はスカーフをかぶり男女は触れ合わない
・俗悪なリアリズムや暴力を避ける
・善人の男性にはネクタイをさせない
・善人の男性にはイラン名を使わずイスラムの聖名を使う
まさにこの話はイランの映画政策への批判を述べている。また子供を起用することで上映許可を取りやすくする手法をまねているのだろう。

[人権派女性弁護士]
バレーボールの試合観戦して捕まった女性との面会に向かう弁護士。イランでは女性のスポーツ観戦が禁止されているほか、文化人がスパイ容疑などをかけられて逮捕されることがある。この女性弁護士はリベラルな人権派で、政権批判も厭わない。まさに監督の政府批判を代弁したシーンだと思う。彼女からもらう赤いバラは、きっと彼女や監督の持っているイランの将来が変わることへの希望を表しているのだろう。

しかしラストシーンでは、タクシーが車上荒らしに狙われる。これは本作をノンフィクションに見せる演出だろうが、同時にイラン国内で起こる犯罪を映し出したり、パナヒ監督や弁護士の女性の理想が踏みにじられている現状を映し出しているように思う。

印象に残ったシーン:パナヒ監督の姪がパナヒ監督に起こるシーン。監督と弁護士が話すシーン。
亘