ベルサイユ製麺

プラネタリウムのベルサイユ製麺のレビュー・感想・評価

プラネタリウム(2016年製作の映画)
3.4
プラネタリウムで身につけた知識は、出口で全部消えている。魔法!

これは…ムズカスィ映画どぁ…。
はっきり言い切りますが、自分の映画感想文なんて稚拙極まりなく、プロの方や優れたレビュアーの方々がされる様な“全体の総括”や“分析”は最初から諦めていて、大概は“雑で身勝手な曲解”ぐらいの物なのですが、今作はその思い込みすら出来ないの…。出来ればいつものように、呑み込み易いカタチに捻じ曲げて、ふざけたり、適当な感想を書いて一先ずお終いにしたかったのですが、いかんせん全体像すらハッキリしない。(それでもふざける時もあるけど)
あらすじは…、トップページに書いてある通りです。実話とこそ謳われていませんが、きっとモデルになった人物や、出来事は存在するのだと思います。で、そのストーリーに沿って、監督の頭の中の様々なスケッチを独自の法則性で配置していった、という風。別段過度にアート的であったり、編集がぶっ飛んでるって事も無く、ルックは至ってオーソドックス。なのに難解な印象を受ける…。
一般的な映画に於いて、各スケッチは物語の結末に向けての補助線、の補助線、の…と機能する様に設置されがちだと思うのですが、この作品の場合はスケッチが何処にお話を向かわせたいのか判然としない。矢印で示される様なベクトルでは無く、各スケッチの中心から波紋の様に広がり、それらは交わりあい・干渉しあい、結果浮かび上がるのは、物語の結末では無く、その全体像。結末で終了する物語では無く、大きな印象の塊の様に感じられてしまうのが、飲み込みにくさの所以なのでは?…何を書いてるのか分かりません。恐らく、考えての理解は困難が伴い、しかし分かってしまう人には初見ですんなり分かってしまう、という様なタイプの作品なのだと思います。
取り敢えずの理解の手がかりは、主人公姉妹の“降霊術師”、そのパトロンのユダヤ人男性が“大物映画製作者”という、特殊な設定にありそうです。…ありそうです。ありそう。個人に向け見たい物を見せる人と、不特定多数に向け見たがる物を見せる人、とか?タイトルのプラネタリウムとも関係有り…そうです。…ぐ。

いやぁ、もう美術が素晴らしいです。当時の家財道具のエレガンスさも、ドレスの細かな細工も、見ているだけでウットリです。そして、もう単純にナタリー・ポートマン、リリー=ローズ・デップ、主演2人のそれぞれの美しさはそれだけで観て損は無いものですよ。下品なバカ笑いが寧ろ好印象です。エマニエル・サランジェの憂いや恍惚や虚勢の入り混じった様な表情もとても印象的。撮影はもう全部良くて、特に中盤の雪で大はしゃぎのシーンは、多分死ぬまでずっと忘れない。
「当時は戦前だと気がつかなかった」
「われわれは皆 明日の亡霊」
「人は皆叶えられなかった夢を心の何処かで悔いている だから映画を撮る」
示唆的で魅力に富んだ言葉に満ちています。…そのせいでより理解が困難になっている事も否定できませんが。

…いつか、もっとシャキッとしてる時に観返したいです。身体にこの映画がすっと染み込んだらどんなに心地良いだろう。

全体の落ち着いたトーン、至妙な手腕、余程の熟練の監督の仕事かと思っていたのですが、レベッカ・ズロトブスキ監督、なんと1980年生まれの長編3作目!…恐ろしい。前作のレア・セドゥ主演(野エロ有り!)『グランド・セントラル』観てたわ!全っ然、作風違ったけど⁈いや、今後も要注目の監督だと思います。(確実に美女が見れるはず!)