このレビューはネタバレを含みます
20年連れ添った妻を突然事故で亡くしてしまった小説家衣笠幸夫は、同じ事故で亡くなった妻の友人の遺族と傷を負った者同士親交を深めていく様子を描いた物語。
有名なプロ野球選手と同じ名前の小説家幸夫は、プライドが高く他者から比較されることを嫌い、自分に自信がなく妻にさえ強い劣等感を抱くというインパクトのある最悪の印象から始まる冒頭。
妻の旅行へ行く前の何気ない一言“後片付けはよろしくね”が後々妻の遺品整理に繋がるという小洒落た描写。
妻が事故に遭遇し亡くなった時に、不倫真っ只中という生涯忘れられないような出来事があったにもかかわらず、妻への悲しみより悲劇の夫を演じ、ネットで自身のエゴサで世間の評判を気にするありさま。
そんな非情な男が同じ事故で妻を失った陽一の家族と出会い、その子ども達と家族のような関係になっていく様が何とも愛らしい。
それまで愛の欠片すらなかったのに、ママチャリを漕ぎ子どもを送り迎えしたり、一緒にご飯を作ったりするなど誰かの為に奮闘して精一杯頑張る姿が美しい。人と人の繋がりがいかに心を豊かにしてくれるかを彼から教えてもらった。
自分が必要とされている、自分以外の誰かの為に生きるという幸せを知った幸夫だが、ずっとその時間が続くとは限らない。子ども達の面倒を見てくれるという先生が現れた時に、幸夫がイジけてる姿は素直な人間らしさを感じると同時にかわいらしさも感じた。
大きなシャボン玉がパッと割れ、すぐに消えてしまう花火、短命のセミの儚い3つの描写が永遠のものではないのだと気づかせてくれる。
真平のバスでの居眠りで泣いてしまうシーンは思いつめる子ども心をしっかり描いている良いシーンだと思う。
幸夫のマネージャーの
“子どもって男にとって贖罪ですよね。どんなに自分がクズで最低でも全部帳消しにしてくれる。“
は印象的で子どもがいない自分でも分かるような気がしてしまう。
“自分を大切に思ってくれる人を簡単に手放しちゃいけない。見くびったり貶めちゃいけない。そうすると僕みたいに、愛していいはずの人が誰もいない人生になる。簡単に離れるはずがないと思っていても、離れる時は一瞬だ。”
と幸夫が言い放つシーンは説得力があり心に深く刺さる。
幸夫はクズというよりは、クズな一面が人間の一部なんだと思った。人の心の弱さが故にどうしていいかも分からず行動した結果そうなってしまっただけで。
本木雅弘や竹原ピストルを始め、登場する役者全員がもの凄く自然で他人の家を覗いてるかのような自然な演技がとても素晴らしかった。大人に負けず子役2人の演技も見事。
1シーンとも無駄な描写がなく、さりげなくヤングケアラー問題も取り入れ、考えて観ればその一つ一つに意味があるという監督と脚本を務めた西川美和のいきな演出が本当に天才だと感じた。幸夫の住む豪華な家が妻が亡くなり汚くなっていく様や、陽一の狭いアパートの内装がリアルすぎて美術の見せ方も凄い。
ポスター写真のような6人で一緒にいるシーンは一切ないからみんなが描いた理想なのかな。
邦画の良さはこういった感情に訴えかけてくるヒューマンドラマが全面的に出ている作品にあると思う。
メッセージ性が強く、何度も観たくなる最高傑作!
“人生は他者だ。”