ひろぽん

52ヘルツのクジラたちのひろぽんのレビュー・感想・評価

52ヘルツのクジラたち(2024年製作の映画)
3.8
東京から大分の海辺の街に越してきた貴瑚は、そこで母親から「ムシ」と呼ばれる声を発することのできない少年と出会う。彼との出会いが呼び覚ますのは、貴瑚の声なきSOSを聴き、救い出してくれた今はもう会えない安吾との日々だった。愛を欲し誰にも届かない声で泣く孤独な魂たちの出会いが生む切ない愛の物語。


介護、ヤングケアラー、ネグレクト、児童虐待、DV、トランスジェンダー、自殺、村社会etc.....
現在も日本で問題となっている社会問題を取り扱った暗く重苦しい内容だが、ほんのり希望を持つことのできる作品になっている。

貴瑚は血の繋がりのない父の介護を母にさせられ、自宅に軟禁されていた。母には罵倒や暴力を浴びせられ、自殺しようとしていた所を偶然アンさんと学生時代の友人・美晴に救われる。

SOSを発しても誰も救ってくれない世界から自分を救い出してくれたアンさん。

貴瑚は東京から大分に引越し、かつての自分と同じ境遇で虐待を受けていた「ムシ」と呼ばれる少年と出会い、アンさんが救い出してくれたように彼を助けようとしていくお話。

タイトルの『52ヘルツのクジラたち』の意味は、52Hzのクジラは周波数が高音過ぎるため、他の仲間たちにはどれだけ大声をあげても届かない。クジラは10Hzから39Hzで仲間たちとコミュニケーションをとるため、どれだけ大声を出しても届かない52Hzのクジラは「世界一孤独なクジラ」と呼ばれている。52Hzの孤独なクジラと、助けを呼んでもその声が届くことのない境遇の人間を掛け合わせたタイトルは見事なものだなと思った。

3年前、2年前、1年前とアンが貴瑚を救い出した日々の回想が順を追って描かれていく。はじめは髪もボサボサで清潔感も生きている実感も希望も無さそうな絶望している雰囲気だったが、徐々に人間として希望を持ち社会に復帰して女性らしく変化していく姿がとても良かった。

見た目も表情も見事に表現している杉咲花の演技がとても素晴らしかった。感情を爆発させて涙を流すシーンや物悲しげな絶妙な表情が特に良かった。

誰にも届かない声、誰にも聴き入れて貰えない声、誰も手を差し伸べてくれず孤独と一人戦う日々。誰にも分かってもらえないと思っていたのに、一人でも自分を理解してくれる、同じ経験をした魂の番(つがい)となる存在が現れることで救われる。

“家族は時に呪いになる”という言葉は自分には深く刺さった。家庭環境が悪かったから家族と離れるだけで救われる気持ちは物凄く分かる。

貴瑚の苦しい毎日に彼女の声を聴いて手を差し伸べ助けてくれるアンさんの存在の頼もしさと温かさに癒された。もし叶うのなら2人で幸せに歩んで欲しかった…

なぜアンさんは出会ったばかりの貴瑚を親身になって助けようとしたのか?違和感のある顎髭の理由が終盤になって分かる。

ジャケ写の3人が揃う事はなかったけれど、52Hzのクジラたちが届くことのない声を聴き合い、お互いを助け合っている物語は良かった。

メインの役者たちもヒール役の人たちの演技が皆素晴らしかった。特にヒール役の3人は腹立つくらい自然且つ上手でびっくりした。

ずっと重苦しい雰囲気だけど、終盤になって救いのある物語で良かった。血の繋がりではないもの達の深い関係性がとても心地よかった。誰か一人でも自分の理解者がいるだけで救われるんだろうなと思った。

泣ける感動的な作品なのかと思ったけど、個人的にはあまり泣けなかった。誰かの家庭を覗き見ているようなリアルな感覚になる作品。自分も困っている人がいたら全力で助けたいなと思った。
ひろぽん

ひろぽん