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ロンドン・ロード ある殺人に関する証言のNMのレビュー・感想・評価

3.5
ミュージカル好きなら一見の価値あり。
特にBBCナショナルシアター好きの人、オペラなどの現代版新演出が好きな人。

伝統的な普通の、恋愛や欲望など感情が高まった時に高らかに歌うのとは違う。
普通の人々の普通の会話や行動もミュージカルになり、ストーリーに深みを持たせることもできる、ということを示してくれた。

冒頭キャスターたちが歌い始めたのには思わずにやりとしてしまった。
何重唱にもなるこんな楽曲をどうやって作るのだろう。
そしてどんな綿密な練習をしたのだろう。登場人物はとても多いので合わせの苦労は計り知れない。

まだ劇的なシーンは訪れていなくても、そこはかとない町のざわめきで充分歌になる。というか生きている瞬間が全て歌になりうる。
作中は誰も歌唱していないシーンでもほんのりとリズムが流れていて、ただの会話も音楽的に感じてくる。
そしてダンスらしいダンスはほとんどない。ただ歩く様子やコーヒーを飲むタイミングがダンス的であるのみ。

だがもちろんストーリーも気になるので音楽だけが売りではない。
静かな町で突然騒ぎが起こり、誰もが不安で疑心暗鬼になる。
犯人は一体何者で、売春婦をそれぞれ違った手段で複数人殺すなどという動機は一体何なのか。

気になるのは、町の人たちはみな売春婦たちをかなり嫌っており、誰も同情していないということ。

やがて逮捕された一人の男。地元で働いていたが短期の滞在で、町の人は誰も彼の顔すらを知らない様子。住宅街の真ん中に住んでいたのに。
容疑者の段階だがみんな、彼が犯人であり事件が解決してほしいと望んでいる。
よく聞くパターン。地方の町での事件、とにかく誰かを犯人と決めて、また静かな生活に戻したいという心理。

初回の裁判で容疑者は関与を否定。
もし彼なら町に来て6週間で5人の売春婦を殺す動機が気になる。

一方で町人たちは気分一新のため住民総会を開き、軽食会やフラワーコンテストなどを企画。
庭や街路を整え飾り始めた。
鑑定で状況証拠が出ると歓喜した。
評決の日。5件全て有罪とされた。
フラワーコンテストの日、町は食事と音楽、花々と華やかな飾りつけに湧いた。

エンドロールでは作品で使われた町民たちの実際の肉声が再生され、宣言通りそのまま使われていることが証明されている。
個人的には、何かが変だよね、という印象を終始感じた。いくら迷惑な売春婦でも殺してくれて犯人に感謝というのが特に気にかかる。
それに魔女探しと裁判で町が団結するというのもどうも皮肉な状況。
恐ろしい事件が起きたあと町には美しい花が残り、売春婦たちは解散してそれぞれ迷える日々を送っている。
町の人たちはすっきりしただろう。前から消えて欲しいほどみんなに憎まれ、一番身の危険を感じ、クスリや孤独に溺れながら、選択の余地なく新しい環境へ移らなければならかった彼女たちのそれぞれの問題は誰がいつ解決してくれるのだろう。

事件の解決とはどういうことを言うのだろうか。
ただ単に、住民が団結して町の危機を乗り越えました、めでたし、という話では終わっていない。
とにかく不思議な雰囲気を持つ作品だった。前半はミュージカル演出が、後半はストーリーに注目させられた。

ただトム・ハーディ出演と謳われているため彼のファンが彼目当てで観たのに少ししか出演しておらずがっかりさせる結果となっている。それはあまり押し出さない方が評価につながったかも。
私も彼が何らかのキーを握る人物なのかとミスリードしてしまった。
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