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ミュンヘンのNMのネタバレレビュー・内容・結末

ミュンヘン(2005年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

イスラエルを取り巻く人々の思いの一片を垣間見ることができる。
祖国を奪われるとは、祖国がない状態とは、どういうことなのか。
祖先や子孫、家族や仲間と決別し、一人だけ別の選択などできるだろうか。
そしてそんな主人公の最後の選択が興味深い、考えさせられる映画だった。

登場人物たちが、割と普通の人っぽく描かれていることが印象的だった。祖国に対する忠誠心も、強烈な信念に取り憑かれているというよりは自然な感情から思考と行動に移っている印象。
もちろん辛い経験などを通して復讐を誓っている者等もいる。
特別に思想がねじ曲がった人だけが実行に参加していくわけでもなさそうだと知った。
ただそれも殺人を重ねていけば精神は病んでいく。会った日は割りと楽しそうですらあったのに。

主人公はモサドであるし、個人的にはイスラエル寄りに作られているように感じた。スピルバーグがユダヤ人なのだから別におかしいというつもりはない。
心理描写は全てが説明されるわけではないが、やはり家族には再び会いたいはず。そのためにも任務に徹している、という理屈を感じる。しかし実際は彼自身の強い意思に他ならない。スマートに見えて熱い感情の持ち主。

一触即発のスリルもあり、それぞれの葛藤もていねいに描かれ、映画としても面白い。
ただ正直言うと、味方も複数、敵も複数、入れ替わりあり、どちらでもない人も参加、誰がどうなってどうなったんだか、知識がなければ完全に把握するのは難しいと思う。それはともかく、事件の詳細より、彼らの心理に触れられば、この映画を観た価値がじゅうぶんあると思う。
それとラストでは特に何かを結論づけるわけでもなく、中盤までのほうが見どころだったと思う。

1972年、ドイツのミュンヘンにあるオリンピック選手村において、パレスチナの過激派組織「黒い九月」が侵入しイスラエル選手団が襲撃。拉致された選手たちを救おうと、イスラエル政府はエリート部隊サイレットマトカルを派遣しようとしたがドイツの入国許可が降りなかった。
事件はドイツ当局に任されるが人質11人全員が殺害されてしまった。
イスラエル国内ではホロコーストを思い起こし「またしてもドイツの地でユダヤ人が虐殺された」と捉えらた。
当時のメイア首相はレッドページ(暗殺指令書)に署名、世界各地で次々と暗殺を開始していった。

本作はこの事実にインスパイアされその暗殺過程を描いている。


あらすじメモ
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選手村に侵入したアラブ人たち。
イスラエル政府に、アラブ人政治犯200名の釈放を求める。
人質の命と引き換え。

ドイツの法律は複雑で、軍隊の出動が許されない。選手に紛争した警察官が10名程張り込んでいたが、中継されていたためゲリラに指摘され撤退。犯人の要求を飲むばかり、包囲すらできない。
大勢のマスコミは殺到し、一部は選手村にも潜入までして中継。
その後、実際は11人のうち2人が当日に、9名は翌日殺害されたことが政府から明かされた。
棺が帰国し、人々はテルアビブやエルサレムの国会前に集まった。
選手たちは国葬へ。

イスラエルのメイア首相たちが会議し、再びドイツでユダヤ人が殺され世界は競技に興じ気にもとめない、と自国で手段を取ることを決断。

新婚のアブナー。1973年生まれ。愛する妻は妊娠7ヶ月。
彼はモサド。元は首相警護官だった。
ドイツ系ユダヤ人で、出生当時父は収監されており、母は彼をキブツに預けた。
父とは会っていない。母は息子の仕事を知っており、誇りに思っている。
その出自もあって怪しまれづらいと見込まれたようだ。

朝、車が迎えに来て、首相ほか将軍たちのいる部屋まで通された。
上官のエフライムから重要な特命を伝えられる。
誰にも話せないし、数年国を離れるかも知れないという。

アブナーは承諾。
モサドを退職したことにし、戸籍は完全に隠された。存在しない者としての活動。
イスラエルとは無関係のものとしての行動が要求される。
工作費と給料はスイス銀行の口座に、妻にも送金がされる。

任務は、事件に関与したパレスチナ人11名の暗殺。多くはPLO。
ただし範囲はヨーロッパだけ。アラブ諸国や東欧は除外。
本部の事務局は資金を提供するが特に細かい指示はなく、作戦は自分たちで実行する。
アブナーがリーダー。
ほかに4人の仲間が呼ばれていた。
車輌のプロや文書偽造のプロ、死体処理のプロ、爆弾制作のプロなど。
銃殺でもいいができれば派手に爆発させてほしいらしい。見せしめにして恐怖を与えるため。
民間人を巻き込まないよう、強力すぎる爆弾は不可。且つ確実に殺せるような、絶妙な調整が要る。

グループは住まいをともにし食卓を囲む。アブナーは料理が上手かった。
互いに自己紹介をし、冗談を言い合い、まるで普通のホームパーティのよう。

アブナーは一人の情報屋ルイと知り合った。お互いの正体は知らないまま情報の売買だけし合うことに。
ルイはどこの政府にも従う気はないというので、アブナーはモサドであることを隠し相手は単なる個人であると告げた。

やがて最初の一人を銃殺。成功を祝った。
次は爆破。標的の幼い娘が巻き添えになるところだったが思わず一旦中止し、再度実行した。

するとロンドンのイスラエル大使館に、郵便爆弾が届いた。他にも複数。
イスラエルの仕業と気づいた黒い九月の仕返しだろう。

アブナーはこっそり自国に帰り出産に立ち会った。
かわいい女の子。住まいを用意し妻は渡米させた。
仲間は出産を知り祝ってくれた。それと先日の暗殺の成功も。

次のターゲットはホテルに居た。
動向を見張り合図を送るため、アブナーは隣室に宿泊。
実行すると、隣接する4室に渡って爆発。
幸いにもアブナーは軽症で済み、けが人二人を引導してやったあと、その場を去った。
注文した性能と違う。爆弾を手配したのはルイ。
グループ内にルイに対する不信が湧き上がる。

夜の街でルイと落ち合う。一気に重要人物3人の居場所が判明した。
しかしアブナーの表情は晴れない。
ルイと少し話そうと試みたが、仕事以外の会話には応じなかった。
アブナーたちは当局にも情報源を知らせてないため、エフライムは情報やに難色を示す。

今回は30名前後の大所帯。
夜女装して潜入、次々とターゲットを見つけて機関銃を放った。

アブナーはルイと接触。
我々のリーダーと会ってほしい、拒否するならこれまでだと迫り、仕方なく車に同情。
目隠しをして着いた先は、自然豊かな大家族の家で子どももたくさんいた。
部屋の奥で料理をしていたリーダーに話しかけると、料理を手伝わせてくれた。穏やかで優しそうな老人。
家族たちはこの父にも自由に意見できる様子。普通の家庭と同じくちょっとした喧嘩も起こる。
帰りに、協力はするが嘘は着くな、君は家族ではない、と念を押された。

ルイは次の情報を提供。場所はアテネ。
ルイが用意したのは廃墟のような場所だった。
みなが寝ていると、自分たちの部屋として別グループが帰ってきた。
こちらはバスク人でETA(バスク諸国と自由)だと説明、お互い銃を下ろす。
向こうはなんとPLOのよう。
彼らもルイにここを用意してもらい2泊分払ったという。
とにかくここは全員安全だということになり、奇妙な共同生活が始まった。
そしてアブナーは、彼らのパレスチナ人としての国のない悲しみや世界の誰も助けてくれない孤独、子孫に故郷を残したいという節なる思いを聞いた。

今回は爆弾が上手く爆発しなかった。
直接部屋に行き手榴弾で標的を抹殺したものの、激しい銃撃戦となりそばにいたKGBも銃撃してしまう。
思いを語ってくれた若者も死んだ。
そして、爆弾作り担当は、実は製作ではなく解体が専門だったことが判明。

ルイからついに最大の標的サラメがの情報を得た。
ルイによると、サラメはCIAが繋がっており、連絡のため定期的にロンドンに行っているらしい。

アブナーは自宅に短い電話をかけた。
赤ちゃんの声が聞けた。思わず涙ぐむ。心から会いたい。無事に帰りたい。
その晩恐ろしい夢を見て飛び起きた。本当に家族と再会できるのか不安を覚える。

仲間の一人の部屋を尋ねるとドアが開いている。部屋で殺されていた。
ルイたちが言うには、犯人の女は金で雇われただけの個人らしい。
仲間たちで女を探しにオランダへ。この時爆弾担当だった1人がしばらく休養することになった。
程なく女の家を見つけ、裸でくつろいでいたところを射殺。

もちろん彼女は事件の首謀者ではない。アブナーたちは純粋に復讐のために殺した。
この辺りから仲間のあいだで任務に対する執念や覚悟に揺らぎが出てくる。

これまでの7ヶ月で6人と後任の1人を暗殺、1人は監獄で、4人が自由の身。
敵はその間にも大規模なテロや殺人を次々と行っている。
黒い九月の初期の幹部は消していったが、そのたびにより過激な後任が生まれている。

その晩、仲間がまた一人殺されていた。
アブナーは次は自分かもしれないと怯えて過ごす。
さらにチームを離脱していた爆弾担当が、誤爆で死んだことを知らされた。

最終作戦は2人きりで挑んだが、見つかってしまい失敗。
必死で逃げた。
ここでこの作戦は切り上げとなる。

ロッド空港に帰還すると治安総局の迎えが来ていた。
きらきらした目の若い兵士で、アブナーを英雄視していた。
軍幹部らも笑顔で迎えた。だが賞があるわけでも名が残るわけでもない。
休養してまた戻れとも言われたが断った。
戻らないということは戸籍も消されたままということ。

母、そして妻子と再会。幸せを噛みしめる。
しかしどうしても夜眠れない。散歩をしていても道端の人が自分を狙っているように見える。
毎日生きた心地がしない。

ルイ一家に電話。すると父が出た。
このとき、彼が自分の名前を呼んでいることに気づく。もとから正体を知っていたのだ。
俺は狙われているのか、と聞くと、「私からは」危害は及ばない、とだけ言われた。

アブナーは領事館に乗り込む。
妻子に手を出したら全てバラしてやると叫び、連れ出された。
アブナーは存在しない人なのでこれも記録に残らないだろう。

エフライムが接触してきた。
祖国に戻れと説得したが、アブナーの答えは変わらなかった。


メモ
1967年……イスラエルとアラブ連合(エジプト、シリア)で第三次中東戦争が起きた。エジプトがシナイ半島
に部隊を進出、第一次国際連合緊急軍が撤退。イスラエル空軍がアラブ各国の基地に奇襲し壊滅損害を与え、アラブ側はほとんど抵抗できず6日間で戦闘は終結。六日戦争とも呼ばれる。
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