ベルサイユ製麺

アスファルトのベルサイユ製麺のレビュー・感想・評価

アスファルト(2015年製作の映画)
3.6
フランスの郊外の団地を舞台に、神の気紛れ的にマッチングされた三組の男女の群像劇です。
全編画面比4:3(多分)で、映像に絵画的な美しさが有ります。映画の出来事って基本的には横方向から訪れるものですから、この画面比だと先読みがし難くて集中力が増す気がしますね。
一応コメディではあり、間を重視したオフビートな笑いは正直ちょっと見飽きた感もあります。なので今作も最初のうちは「ああ、この感じのやつね」なんて思ってたのですが、観ているうちにコメディの要素はだんだんどうでもよく感じるようになりました。今作の笑いは、登場人物の出会いの突飛さを許容させるための、いわば照れ隠しの様な笑いに感じられて、うん、身に覚えあるやつだな。有りだ。有りにして欲しい…。
三組の関係は、例えば不器用極まり無い恋愛感情であったり、文化の接触事故であったり、補完関係・未満だったりで、皆それぞれ障壁の隙間から手を伸ばしコミュニケーションを試みます。そのギクシャクした感じは表面上はコメディ的に映っても、笑いとばしてしまえるものでは無いと思います。こっちは真面目なんですよ。ふざけてるんじゃ無いんです。分かって欲しい…。
それぞれ印象的な登場人物の中で、群を抜いて素晴らしいイザベル・ユペール。彼女のカメラを見つめる視線だけは物語の枠内に収まってない様に感じました。ドキドキ。
ビデオや写真などが“画”の力でもってそれぞれの相互理解を深めるきっかけになる展開も、映画を愛する者としては嬉しくなっちゃいますね。話が通じなくても、同じ画を良いと思えれば心は通じる気がしています。
人の心に触れようとした時、指先に走るマチ針を立てた様な痛み。それに心当たりがある方には訴えるものがあると思います。ウェーイ!って、いつも愉快な仲間達と一緒だという方。そんな人の事は知らんよ。
ラストシーンのあれ。気まずい沈黙を破ろうと喘ぐ、それぞれの集合的無意識によってもたらされた小さな奇跡の様に思えました。(観返したら全然違うかもしれないけど、この考えが気に入ったから、そう決ーめた。)