噛む力がまるでない

パコ・デ・ルシア 灼熱のギタリストの噛む力がまるでないのレビュー・感想・評価

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 スペインのギタリスト、パコ・デ・ルシアを追ったドキュメンタリー作品である。

 フラメンコに関しては詳しくないし、パコ・デ・ルシアのことも知らなかったが、興味深く見ることができた。パコの演奏は速弾きなんていう言葉では片付けられないほど力強く美しく、10本の指と6本の弦で人間はこんなにも奥深いものを表現できるんだ……と大変驚いた。パコ本人も非常に魅力的で、いくつになっても色気があるし、どことなく侘しい佇まいもカッコいい。プライベートはほとんど明かされないが、一人でトボトボ作業をするのが好きなんだろうなということは伝わってくる。
 個人的に印象的だったのは、コンサートシーンで見られるパコと若いギタリストとの演奏だ。若いギタリストの彼を貶めたいわけではなく、格が違うというか、パコが凄すぎるというのがある。昔、ドラマーの中村達也が山下洋輔とセッションした時に、「『お前は何をやってるんだ』と言われてるみたいだった」というエピソードがあるのだが、それをちょっと思い出した。

 映画自体はわりとスタンダードな作りで表層的ではあるし、パコの長いキャリアと人生を90分で総括しているので尺もやや足りないかなと思う。本人の政治的思想をギターの解釈で語らせる面白い引用シーンがあるのだが、これについてはスペイン民主化の知識がないとちょっとポカンだし、パコの他ジャンルとのコラボレーションにも影響している重要なポイントでもあるので、スペインのお客には大丈夫なんだろうけど日本人にはけっこう難しいと思った。
 他ジャンルとのコラボレーションでフラメンコの可能性を広げたことや、ペルーの楽器だったカホンを持ち込んだ第一人者がパコだったところも面白く、フラメンコの歴史を知るにも役立つ。リズムと即興に生きたパコ・デ・ルシアの人生に焦がれる映画だ。