かなり悪いオヤジ

マンチェスター・バイ・ザ・シーのかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

4.0
喪失感に覆われた映画だ。

小津安二郎がもしもハリウッドで映画を撮るとしたら、本作で主人公リーを演じたケイシー・アフレックを笠智衆の代わりに起用するだろう。それほど芝居臭くない自然な佇まいは実兄ベン・アンフレックを超える抜群の存在感。ケイシーは本作での演技が認められ見事アカデミー主演男優賞に輝いている。

ボストンで便利屋を営むリー(ケイシー・アフレック)は、腕はいいが人間関係を築くのが大の苦手。顧客とのトラブルも後を絶たない。バーで女に粉をかけられても話が続かず、男性客とは目があっただけでぶち切れるかなりの問題男。そんなリーの元に故郷マンチェスターに住む兄ジョーの訃報が届くのだが…

水回りの修理の合間に一人せっせと雪かきをするリー。人付き合いをさけるこの孤独な男リーにも、実は愛妻や子供にも恵まれた時代があったようなのだ。そんな幸福な過去と、兄ジョーが死んで一人残された甥パトリックの面倒をみることになった現在が交互に映し出され、映画はリーを襲ったある悲劇へと観客をみちびいていく。

イギリスではなくアメリカの北東部にある小さな港街マンチェスター。ボストンでは修理に訪れる度に聞きたくもない愚痴を住民に聞かされていたリーだったが、リーの過去を噂で知っているマンチェスターの人々はどこかよそよそしく他人行儀。両市とも雪深いという共通点がありながら、カメラが映し出す街の雰囲気はきわめて対照的である。

友人がたくさんいるマンチェスターを離れたくないパトリックを連れて、すぐにでもボストンに逃げ帰りたくなるほどの悲劇とはいったい?監督のケネス・ロナーガンによれば、主人公のリーに無理やりその悲しみを乗り越えさせるようなシナリオはあえて書かなかったという。マンチェスターの住人に会うたびに過去へと引き戻されるリーは、親父を喪った悲しみから立ち直ったパトリックを残して一人ボストンへ帰ることを決めるのだ。

マンチェスター時代の兄が自分にとても良くしてくれたように、甥の希望通り何とかこのマンチェスターで仕事を見つけようと努力するリー。しかし人生を変えてしまうほどの悲劇を経験したリーにとって、その思い出がたくさん詰まった街で暮らすのはいうなれば生き地獄だ。人間乗り越えられない悲しみの一つや二つあったっていいじゃないその方がむしろ自然でしょ、とロナーガンは優しい口調で観客に語りかける。

マンチェスター・バイ・ザ・シーにつもった雪は当分の間消えそうにないが、(海に囲まれた街のように)他人の悲しみに寄り添う経験をしたリーの中ではきっと何かが変わったはず。そんな明るい予感さえ感じさせるラストシーンの台詞が秀逸だ。

「まだこの(しみったれた)話を続けるのか」「いいや」