えるどら

ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺんのえるどらのレビュー・感想・評価

4.2
2023年映画初めはこちらから(2023年1本目)

NHKにて元日に放送していたので視聴。
映像美だけでなく、キャラクターの表情や動作まで美しい素敵なアニメ映画だった。
私は主人公の目の動きと雪や氷の描き方がすきだった。

主人公サーシャが北極点で行方不明になった祖父と彼が乗っていた船・ダバイ号を追って北極へと向かう物語。
あらすじだけ読むとTVアニメ「宇宙よりも遠い場所」を想像するが、こちらは時代が19世紀のロシアということであちらよりもずっと過酷。

本作はひとりでは何もできなかったお金持ちの一人娘サーシャ(14歳)が自分の力で認められていくお話だった。
最初は周囲の大人から期待はされているものの、信頼はされていないがために彼女の行動は思い通りにならない。
彼女の父親や一族の血統は信頼されているが、彼女自身は認められていないからだ。

そんなサーシャが家を飛び出し、なんやかんやあって単身住み込みで働くことになる。
サーシャが最初に信頼を獲得したのは身体を動かして働いた店のおばさん・オルガだった。

彼女が北極へと向かう船に乗せてもらうための交渉シーンはサーシャの成長をよく表すシーン。
「能力の証明(航路が読める、航路や船員に関する情報を持っている)」「他人の信頼による担保(オルガからの推薦)」「前金の支払い(耳飾りでの運賃)」とビジネス的な取引ができるようになっている。
能力があるだけでは代わりが効くが、信頼できる人間の後ろ盾があればその人を雇う理由が強くなる。加えて前金まで支払えれば誰だって雇う、サーシャだって船に乗せる。
この交渉ができるようになったというのは、サーシャが大人になった証拠であり、これこそが大人の世界で信頼を積み重ねていくためのスタートラインであると言える。
その後サーシャは新しい技術の獲得(ロープワーク)や成功体験を通じて仲間に受け入れられ、認められていく。

終盤、氷山の向こうにダバイ号があるはずだと言って山を登ったのに何もなかったシーンがある。
舞踏会の時と同じ、「期待されていたのに裏切ってしまった」シーンだ。
どんなに信頼を積み重ねようとも、目標のために進んでいれば不可避の失敗をすることがある。どうしようもなく挫折することもある。絶望の壁にぶち当たることもある。
しかしサーシャが取ったのは一度その場を離れて一歩踏み出すことだった。
それはサンクトペテルブルクでも北極でも変わらない。
避けようのない絶望は、予想していなかった幸運によって好転するものだというメッセージを感じた。
泣いてもいいが、泣いてるだけでは先に進めない。
そしてチームを絶望から掬い上げたサーシャはさらに認められていくことになる。
諦めず目標に向かい、あがき続けたサーシャは最後にはダバイ号に辿り着くことになった。

こうして振り返ると、この物語の根底には起業家やビジネスマンの思想が隠れているように感じた。
信頼の無い状態では手を動かすしかないということ、舟に乗せてもらうときの取引、信頼が蓄積されていく過程、挫折したときそれを打破する方法。
少女が大人の世界に入り、大人のルールで目標を達成していく物語だからだろうか。
美しい自然描写に緻密な人物描写、その内側にある筋の通った作り手の哲学のようなものがこの作品を支えている。
2023年の最初に見るにふさわしい素敵な作品だった。

(ウワサでは放送ではカットされたエピローグ?があるらしい。また機会があれば見てみたいな)
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