えるどら

ボーはおそれているのえるどらのレビュー・感想・評価

ボーはおそれている(2023年製作の映画)
3.8
【ネタバレあり/あくまで個人の感想です】

見るほどに息苦しく、過去の嫌な記憶が蘇ってくるような悪夢。
この映画を意味不明と切り捨てられればどんなに幸せだっただろうか。

一言で表すなら「金持ち毒親の元に発達障害児が生まれた結果起こった最悪の出来事」という感じ。
加えて最後の裁判は目を覆いたくなるほど辛かった。

ボーが感覚過敏や被害妄想に悩む発達障害者だと気付いたのはわりと序盤の方だった。
周囲の音が自分を攻撃しているように感じる、薬を水と一緒に飲まないと最悪の場合死に至る…など社会のあらゆる情報が自分を否定してくる感覚が細部にわたって表現されていた。
私は発達障害の診断を受けたことが無い。
そのためこの映画の表現がどれくらい当事者の日常に即したものかを完全に理解することはできない。
それでも、いくつかのシーンには身に覚えがあり、共感し、辛くなった。
例えば、朝起きることができず飛行機に乗り遅れるシーン。
夜眠ることができず、結局朝寝坊をしてしまい、慌てて荷物をまとめて出発するも家に鍵をかけたところで忘れものに気付く。
そして一瞬目を離したすきに荷物と鍵は消えている。
これは何者かに盗まれたから…ではない。
荷物から意識を逸らすと荷物を自分がどこにやったのかわからなくなってしまうのだ。
スマホをベッドに放り投げて別のことをしたらスマホのことを完全に忘れてしまい家じゅうを探すことになる、みたいなことで、これが割と頻繁に起こる。
私も荷物をロッカーにいれたまま帰りの電車に乗ってしまい、一駅過ぎたところで逆路線に乗り直して取りに帰ったことが1度や2度ではない。
しかもこれらは大抵旅行や何か大事な用事のあとなど疲労時に起こった。
疲れや焦りがさらなる事態を招くのだ。
飛行機に乗れなかったボーはどんどん負のスパイラルに巻き込まれていった。
あの焦る感覚に共感できたからこそ、この映画は見ていて苦しかった。

そもそもこの映画、ボーが”朝早く起きて”、”決められた時間に空港に行き”、”父親の命日に間に合う”ことができれば何も起こらなかったのかもしれない。
朝起きる、時間を守る、家族を大切にする、忘れ物をしない、どれも「できて当たり前」と言わんばかりの圧力が社会に蔓延している。
でもそれができない、なぜと言われても答えられない、悪気は無い…そんな感覚に共感すればするほどこの映画は見る人を責めてくる。
そしてそんな無知で無力なボーに母親は邪悪に付け入ってくる。
息子への愛に見返りを求めるようになった母親と、普通のことがうまくできずに悩む発達障害児の間で愛情の不伝達が起こった結果だと思う。
ボーの一挙手一投足に責任を求めてくるのだ。
特に最後の裁判シーンは本当に辛かった。
誰しも怖くて動けないことや若さゆえの気の迷いはあるだろうし、ボーは病気による精神の不安定だってある。
それを取り上げて断罪するなんて……。
自分があの場に立っていたらと思うと胸が苦しくなった。
トニのママの「自分を責めないで」の言葉だけが救いで頭のなかでリフレインしていた。
この映画を怖いと思うかは人によるだろうけど、私はすごく「嫌な気持ち」になったし、心がゲッソリした。

余談だけどSEXシーンは普通に笑ってしまった。
ホラー映画で出てくるシュールなギャグシーン、だいたいおもろい。
ミッドサマーのときもSEXシーンで笑い堪えるの必死だったし、アリアスター監督は濡れ場で笑わせないといけないとでも思ってるのか??
あと屋根裏のチ〇コモンスターね。
あれズルすぎる。
絶対笑うやんね。
胎内回帰ってレビュー見てなるほどなってなるなどしたけども。

総じてかなり満足度高かった!
(いい意味で)すごく嫌な気持ちになったし、精神は擦り減ったけれど、映画全体として楽しめたのでヨシ。
グロシーンもほとんどなく、オチを知ったうえで最初から見返したい映画かも。
えるどら

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