LalaーMukuーMerry

ドリームのLalaーMukuーMerryのレビュー・感想・評価

ドリーム(2016年製作の映画)
4.3
とても面白かった。アメリカの宇宙開発初期のころの実話。華やかな宇宙飛行士たちを描いた「ライト・スタッフ」と一緒に見るとさらに面白いのではないでしょうか。全く知られてない裏方で活躍した黒人女性たちのお話。原題はそのままHidden Figures(隠れた人たち)
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円軌道で飛ぶ人工衛星の速度は、人工衛星にはたらく地球の引力=遠心力、というつり合いの式から簡単に求められる。第1宇宙速度と呼ばれるやつで、円軌道の地球からの距離だけで一義的に決まってしまう(地表から離れるほどこの速度は小さくなる)。主人公のキャサリンが即座に答えた宇宙船の時速28,234kmは秒速にすると7.8428km/秒、マッハ23。この速度から宇宙船の軌道は地上約100kmにあることになる。この高さだと1時間半くらいで地球を1周する。
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地球を回る人工衛星の速度は自由自在に変えられるものではない(周回しているということは第1宇宙速度で飛んでいるということだ)。周回軌道上の宇宙船の速度を少しだけ上げると円軌道から楕円軌道にかわる。さらに上げて秒速11.2kmを越えると地球の重量場から抜け出て外へ飛び出せるようになる(第2宇宙速度)。逆に速度を少し落とすと、つり合いが破れて宇宙船は落下し始める。鉛直方向には自由落下、水平方向の速度は一定のままだから放物落下運動をしながら大気圏に突入する。
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この作品の主人公キャサリンの仕事は、軌道上のある地点で減速した時、どの位置で大気圏に突入し、地球上のどの地点に帰還するかを計算して求めることだった。1960年頃コンピュータのない時代、広い海のどこに宇宙船が着水するか、正確な予測がないと、回収作業もままならない。手計算でしかも短時間にこれをするのは大変だ。大気圏に入ると空気の抵抗で速度が遅くなっていく効果を考える必要がある、空気の密度も次第に濃くなるから抵抗の大きさも一定ではない、それをどのように計算に組み込むのかは複雑すぎるから省略されていたけれど、オイラー法という言葉が出てきたから近似計算の公式を上手に利用したとのだと思う。それにしても彼女の数学的(というか計算の)才能は尋常ではないですね。
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・・・というような物理的観点も、私にはとても興味深かったのですが、やはりこの作品が優れているところは彼女を含めた3人の黒人女性のポジティブな生き方を爽やかに描いていることでしょう。バージニア州といえば南部、公民権運動が盛り上がる少し前、黒人差別が当たり前の時代に、ソ連と宇宙競争でしのぎを削ったNASAゆえに才能を重視した上司に恵まれたとはいえ(ケビン・コスナーが渋くていい味を出してた)、こんなに優れた裏方の黒人女性たちがいたというのは驚きでした。差別などいらないという本当にポジティブなメッセージ。
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コンピュータ言語のFORTRANを、マシンを納入したIBMの技術者よりもよく学んでNASAにいち早く導入し、新しい仕事を計算チームにつくりだしたドロシー(FORTRANか、懐かしい。全く身につかなかった思い出)。全米初の黒人女性航空エンジニアになったメアリ、彼女の成果は描かれなかったけれど、前例のないことを始める勇気、前向きな言葉にはグッときました。