茶一郎

フェンスの茶一郎のレビュー・感想・評価

フェンス(2016年製作の映画)
4.4
 今作『フェンス』はデンゼル・ワシントンという怪物が家庭内、映画内を暴れ回るモンスター映画として無類に面白い。デンゼル・ワシントン扮するトロイが父として家庭内を制圧する、いわばホームドラマ版『トレーニング・デイ』である。
 卑近で卑怯なトロイは、とても正しい人間とは言えない。実際に家族はトロイの凝り固まった考え、過ちによって傷つくが、その考えにもある程度の合理性があるからタチが悪い。純粋な悪でもない偽善的な悪、彼は映画において最高の悪役の条件を揃えているような人物だが、このトロイをデンゼル・ワシントンが演じるとなるとどうしても彼に魅力を感じてしまうのが不思議だ。彼がキレる度に映画が引き締まり、面白いと感じてしまう。
 また何より、デンゼル・ワシントン監督デビュー作『アントワン・フィッシャー』で、家庭内虐待に苦しんだ過去を持つ主人公に『奴隷制度』の本を渡した、精神分析医扮するデンゼル・ワシントンの姿を思い出したい。主人公を虐待した養母も、今作『フェンス』におけるトロイも、その子供を縛り付ける抑圧的な思想の大元にはアメリカ負の歴史がある。差別された者はまた誰かを差別する。トロイが家の周りに「フェンス」を建て息子が外に出るのを防ぐのは、彼が自分の夢を「差別」によって失った過去があり、息子に差別のせいで苦しんで欲しくないという親心でもある、だからこそこれは根深い問題で許しがたい偽善的悪なのだが。

 もちろん今作はデンゼル・ワシントンのモンスター映画にとどまらない、本当の主役は彼の三人の子供であり、神話的な「親殺しの物語」であった。一人目の子供ライオンズは、ミュージシャンを目指す夢追い人。二人目の子供コーリーは、トロイの反対を押し切りフットボール選手になろうとしている。そして、三人目は……という形で物語の三部構成は、一部ごとに一人の子供とトロイの関係性を描いた。
 トロイの暴走と同時に、それぞれの子供たちが自分の夢とどう向き合うか、仮に「青春」が夢や可能性を失う過程であるとすると子供たちの青春を描いていく、まるでヴィスコンティの『若者のすべて』のような青春・人生の多面性を見せていった。

 そして今作が最後に映す庭に生えた大きな木を見て、本作のテーマの一つを思い出す。それはそれぞれの子供たちがトロイの「フェンス」と向き合った結果の「成長」。また自分の元となり、自分を動かす「血」と「肉」を肯定すること、自分の出生、血筋を肯定すること、父の思いを「継承」することである。
 最初の枝は野球ボールをくくりつけたせいか弱り、枯れてしまっているが、その上の枝には力強く葉がつき、もっと上にはさらに多くの葉がついている。今作が絶望的な家庭の様子を描きながら、どこか希望を感じるのは、自分の下にある太い幹と、自分の上にあるさらに大きな可能性に満ちた力強い葉と枝の存在に気付かせてくれるからなのではないかと思う。
茶一郎

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