茶一郎

いぬやしきの茶一郎のレビュー・感想・評価

いぬやしき(2018年製作の映画)
3.1
 「パパな、会社やめて機械の体で食ってこうと思うんだ」型アクションヒーロームービー。本作『いぬやしき』は、末期癌による余命宣告を受けた主人公・初老の犬屋敷壱郎が、突如、機械の体に生まれ変わりヒーローになるというトンデモな設定の日本型ヒーロームービーでした。

 会社では年下の上司に怒られ、家庭では子供に舐められ、嫁に暴言を浴びせられる犬屋敷。そんな「男性性」を失っている男が超異常状態において男性性を取り戻す物語として、本作は同じく佐藤信介監督の傑作和製ゾンビ映画『アイアムアヒーロー』と同様のテーマを取り扱っています。
 一見、冴えない初老のおじちゃんですが、一度、機械の体とスーパーパワーを手に入れたら最強のヒーローになる。とても実写化しづらい主人公像を、一見、おじちゃんですがスーパースターである、とんねるずの木梨憲武氏が好演します。この犬屋敷=木梨憲武というキャスティング、見事でした。
 
 本作『いぬやしき』は上述の通り、男性性を取り戻すお話が入り口にありながら、物語は主人公・犬屋敷と同じくスーパーパワーを手に入れた獅子神(佐藤健)のヴィラン誕生物語に上映時間を大きく割きます。
 本作において、このヒーロー誕生譚と、ヴィラン誕生譚、二つの物語の語り分けがどうにも上手くいっているようには思えず、終盤まで冗長な物語を見せつけられます。加えて、犬屋敷の物語より、壮絶な人生の悪役・獅子神の方がキャラクターとして興味深いため、興味深い獅子神の物語に、どうでもいい犬屋敷の物語が割り込んでくる感覚があったのも残念でした。

 あれやこれやで大部、退屈な時間を過ごし、ようやく映画がドライブするのは終盤。『アイアム・ア・ヒーロー』では丁寧に世界が変わっていく様子を描きながら、緩急で一気に異常事態に主人公を置きましたが、本作『いぬやしき』では主人公が機械の体を得て以降、ほとんど何も主人公にとっての世界が変わらないという違い、脚本・漫画原作からの翻訳が上手くいっていない印象を受けました。
 そもそも「男性性復活の物語」として、例えば「家族での食事のシーンのビフォー・アフターは描こうよ」など、必要な描写が不足しているのも気になります。
 ヒーロー映画としても不満なのは、主人公の覚醒のタイミングと、ヒーローとヴィランとの対決の盛り上がりが噛み合っていない点。特にヒーローは身内ではない困っている人を、その機械の体でアクションとして助けるシーンは絶対に必要だと思います。不特定多数の人々をその超能力で助ける瞬間をエモーショナルに描いていた『アイアンマン3』や『スパイダーマン ホームカミング』などが、いかにヒーロー映画としての優秀だったのかを逆に思い知らされました。

 確かにラスト、実際の新宿を背景にした空中戦は、日本映画としては凄い。しかし佐藤監督は世界に通用する『アイアムアヒーロー』を撮った方ですから、「日本映画としては」とエクスキューズを入れて本作を語ることこそ、監督や作り手にとって失礼なのではないかと思います。『アイアムアヒーロー』みたいな、また燃えるような日本産のヒーロームービーの誕生を期待します。
茶一郎

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