ベルサイユ製麺

空(カラ)の味のベルサイユ製麺のレビュー・感想・評価

空(カラ)の味(2016年製作の映画)
4.4
女子高生。
小顔の現代的な、“普通”っぽいの女の子が
一人、夜の新宿。
百果園前の交差点辺り、雑踏の中俯き、立ち尽くす。
…徐に顔を上げると、面。
民俗調のパーカッシヴな劇伴が鳴り出し、京劇の猿の様な面をつけた彼女が踊る…。それは永遠の苦しみの踠きにも、解放の愉悦の発露にも見える。



(後に、もう一度だけこの面の舞踏のシーンが有ります。一回だけ。面や曲にはちゃんとした由来が有るのかも知れませんが残念だけどよく分かりませんでした。その意図も、完全に理解出来ている気はしません。)

彼女は都心の女子校に通うサトコ。ダンス部に所属していて、顧問の先生に仄かな恋心を抱いているようです。
友達は多く、“普通”のコミュニティの中心辺りに居ます。家庭は両親と兄。中、の上流くらいの暮らし向き。夫婦仲、兄弟仲も良好。
非行も無く、大きな悩みも無い。挫折もトラウマも無い…。カルテに特記すべき事項も特に無いように見える典型的健康優良少女サトコは、それでも緩く壊れてしまっている。

友達から差し出されたポッキー。戸惑いながら口にし、夜中ネットでポッキー一本分のカロリーを調べ、徐にスクワットを始める。口にするもの全てのカロリーをノートに書き留める。
一方で、小遣いを叩いてスナック菓子やパンをこっそり買い込み無心に口に運び、直ぐにトイレに嘔吐する。
母の作った弁当を学校のトイレに流し、小声で呟く。「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」


いつの頃からか・なにがきっかけか、自らの摂食障害に悩み、心のバランスを小さく違えてしまっているサトコ。小さく、小さく。だから誰からもその事が分からない。


…と、ストーリー紹介はこのぐらいにします。
本当に自分の作文能力は酷いもので、いつもだらだら書くレビューに関して言えば、恐らくはキャラクター込みで“まあ有り”にしてもらっている自覚があります。そんなでもまあ、人気のある作品であれば自分が適当に書き散らかしても、他の方の優れたレビューを読んでもらえれば帳消しになりそうだし、無名な作品の場合はふざけながらも結果的に興味を持ってもらえれば良いかな?位のスタンスで、甘えながら好き勝手書いてるのです。
でも、例えばこの作品。自分は予備知識無しでビデオショップで直感で借りましたし、実際ご存知無い方が多いのではないかと思います。そんな方がたまたま自分のレビューだけを見て「なんかつまんなさそう」とか判断されてしまったら…。
自分の能力では、この映画の魅力をとてもじゃ無いけど言葉に置き換えられない。
基本劇伴無し。スキャンダラスな出来事無し。過剰な演技、無し。トリッキーな演出もワンポイント程度。もの凄く静かに、極めて繊細な題材を二時間超描き切っています。まるで水彩の、消え入りそうに淡い絵の具で、しかし張り詰めた意識のまま、掠れる事なく細部まで。
まるで室内と画面の中の空気が繋がったみたいで、あたかも光を浴びた塵が流れるのを目で追うように、自分はいつのまにか引き込まれていて、時間の流れるのを忘れ最後まで食い入るように見入ってしまった。

他の誰かにとっては取るに足りない様な小さな歪み。でも自分の心に出来た隙間から真っ黒な水が染み出してきて、それに踝辺りまで浸かると、もう何をしてもダメだって思ってしまう。いつもいつも。
軽い調子で「がんばれよ」なんて、それが悪意の筈なんて無い。でも、そんな声も、敢えて見ないようにしてくれる優しさも、なんか全てが申し訳無くて、喉が強張って舌が痺れて返事も出来ない。歪んだ顔を見せたくなくて頭を上げられない。
…そんな事を描いた作品なんですって、知人に(相当に拙いながらも)説明してみたら、俯いて、小さく数回頷いた。うん。…そうだよね。

中盤のシーン。心療内科の入ったビル(のリアリティ!!)のベンチで、運命の人“マキさん”に向けて始めてサトコが心の内をトロトロと吐き出し続ける長回しショット。ジワリジワリと徐々にサトコの顔にズームするその先には、もしかして自分の背中があるんじゃないか?って、鼓動が跳ね上がった。映画で、こんな気持ちになった事なんて無かったので、凄く驚いた。

こんな作品が、埋もれてしまっているのか。訳が分からないな…。
監督の塚田万里奈さん、まだ27歳くらいとかで、長編は一本目みたいです。凄い。そして嬉しい。これからもずっと観ていこう。その度にレビューが書けなくてウンウン唸ることになるか、或いは自分如きがふざけて何を書いても揺るがないくらいメジャーでビッグになってるかもしれないなぁ。
主演の女の子、堀春奈さん。なんとなく見覚え有るなと思ったら、以前観た『セブンティーン、北杜 夏』の主演の方でした。成る程、あの作品は堀さん一人で支えてるみたいだったものな…。小さな、表情の演技が素晴らしかった。瞳の奥から無言で語りかけてくるみたいだった。この人の事もずっと見ていこう。

比較的動きの少ない作品で、分かりやすくカタルシスを得られたりもしません。そもそも“合う・合わない”に凄く左右される作品でも有ると思います。だから無闇に「サイコー!」とか言えないけれど、この作品にまだ出会えてなくて、この作品に救われる人もきっといると思います。映画自体が誰かにとっての“マキさん”になるような、そんなチカラを秘めている。その為に、この作品は存在してくれている。
出来るだけ多くの人に届くといいな。全力でおススメします!!