maverick

消された女のmaverickのレビュー・感想・評価

消された女(2016年製作の映画)
3.9
2016年の韓国映画。『ノンストップ』の、イ・チョルハ監督作。


精神病院に拉致監禁された女性の恐怖の物語。しかもこれが実話がベースというのだから驚愕である。韓国では精神保健法第24条を悪用し、財産目当てなどで健康な人を強制入院させる事件が社会問題となっていた。精神保健法第24条とは、保護者2人の同意と精神科専門医1人の診断があれば、患者本人の同意なしに保護入院させることが可能というもの。いくら本人が「自分は病気じゃない」と言っても、それが認められないというのだから恐ろしい。もちろん実際に重度の精神病患者で正常な判断が出来ない人もおり、元々はそのための制度であったことは理解出来る。認知症の人を施設に預けるケースと同様のように。だがそれを悪用し、深刻な社会問題にまでなってしまった。そんなことまでして金を手に入れたい者がいる。人間とは何と欲深く恐ろしい生き物なのか。そんな人間の恐ろしさを描いた物語である。

実際の事件をベースにしてあるが、ストーリーは大幅に脚色されているだろう。韓国映画らしい胸糞描写が満載で、あまり気持ちの良い内容ではない。だが監督の演出が上手く、話の展開も気になるので自然と物語に引き込まれる。テンポが悪い部分もあるものの、後半の畳み掛ける展開で最後は盛り上がる。役者の演技力が強く印象にも残り、これぞ韓国映画という力強さを感じさせる作品だ。

拉致監禁される主人公の女性を演じるのは、『ハーモニー 心をつなぐ歌』『ハロー!?ゴースト』のカン・イェウォン。彼女が演じる主人公のスアは監禁場所で酷い仕打ちを受ける。その迫真の演技の熱演ぶりが目に焼き付く。本作はスアがどのような目に逢ったか、事件の真実はどうだったのかを、取材する記者の立場から追う物語構成になっている。そのため時系列ごとに様々なスアが登場し、その演じ分けも見事である。ごく普通の女性がこのような状況に放り込まれ、段々と精神が壊れてゆく様にぞっとする。監督が作品を通して伝えたいこと。それを彼女が的確に表現してくれたというわけだ。

事件を追う記者のナムスを演じるのは、ドラマ『空港に行く道』『VIP』などの活躍で知られるイ・サンユン。問題児だが熱血漢に溢れるという、いかにも記者らしい役柄を見事にこなしている。監督の2019年の作品である『ノンストップ』にもテロリスト役で出演しているが、役柄によってこうも印象が異なるのだなと驚きだった。


ラストの展開は賛否両論かも。自分は面白いと感じた。全体的に粗い部分もあるが、社会派サスペンスとして実際の社会問題を取り入れてるのが評価に値する。ちなみに本作の公開後すぐに、韓国で精神保健法第24条が憲法裁で改正となった。それだけ社会的に問題視されていた事であり、それをすぐさま取り入れて問題提起する姿勢というのが韓国映画の優れているところ。実際に本作は本国でリピーターが出るほどの人気だったとか。改正の直接的な要因になったわけでないにしろ、多くの国民の注目を集めたという点で意義のあることだ。この物語は決して他人ごとではない。こんな事が日本でも起きていないとは言えないのだから。自分や親しい人がこんな事件に巻き込まれたらと思うと恐ろしい。人間の尊厳の意味をもう一度考えるきっかけを与えてくれる作品である。
maverick

maverick