茶一郎

ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめの茶一郎のレビュー・感想・評価

4.3
 製作費500万ドルの低予算ラブコメが全世界で5500万ドルもの大ヒット作品になったという本作『ビッグ・シック』。ただの小品ラブコメではないとは予感していましたが、その通り、ただのラブコメではない高い強度を持った素晴らしい一本でした。

 本作『ビッグ・シック』の主人公は、パキスタン生まれシカゴ在住、厳格な両親の反対に逆らいコメディアンをしながらUberの運転手として生計を立てる青年クメイル。ある日、彼のコメディ中に一人の女性が野次を立てたことがきっかけで、クメイルとその女性エミリーは出会います。愛を育む二人、しかし二人の関係を引き裂くのはイスラムの教えと、クメイルにパキスタン人女性としか結婚することを許さない厳格な両親でありました。
 と、ここまではよくある異人種カップルのラブコメですが、この時点で上映時間はまだ30分しか経過していない。残りの90分はタイトルにある通り「ビッグ・シック」、エミリーが病を患い昏睡状態になってしまう「難病モノ」のラブコメに転換するというのが本作の特異な点なのです。

 「人種・文化の違い」、「病」、困難と困難とが掛け合わさった二人の恋愛は果たしてどうなってしまうのか。非常に特殊な本作の監督であるマイケル・シュウォルター氏は、アメリカンコメディのトップの座に君臨し続けるジャド・アパトー一派の一人。監督の前作『ドリスの恋愛妄想適齢期』は、「歳の差」が男女の恋愛の障害となる物語でした。「繋がりたいけど繋がれない人々」がテーマの本作の監督に、同様のテーマであった『ドリスの恋愛妄想適齢期』で非常に高い評価を得たマイケル・シュウォルター氏が抜擢されたのは必然的と言えます。
 何より、本作の素晴らしい点は、下手にまとめるとゴチャゴチャになりそうな設定を最高の交通整理力でまとめ上げた脚本力につきます。驚くことに、この脚本は本作の主演を務めたクメイル・ナンジアニとその妻エミリー氏に起きた実際の出来事。まさに「事実は小説より奇なり」ですが、当事者の二人が脚本に携わった事が、クメイルと昏睡状態になってしまったエミリーの両親とのやり取りやクメイルの家族の描写の厚みなど、通常の「難病モノ」では見られないやり取りを非常に詳細に物語に組み込み、お話の強度を格段に上げていると思いました。

 実際のクメイル氏はB級ホラーが好きだからでしょうか。クメイルの自室に貼ってある『ショーン・オブ・ザ・デッド』のポスター、そしてクメイルとエミリーが初めてのデートで見るのは『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』です。
 『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』は製作の一年前に起きた黒人によるデトロイト暴動を背景とし、白人と黒人との分断をゾンビ・ホラーとして再現した作品。また劇中でゾンビに襲われた白人女性バーバラが逃げた先で出会う男性は黒人のベンでした。本作『ビッグ・シック』のような異人種通しのラブコメに、しかも男女の出会いのシーンで異人種の分断を反映した『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』が使われるのには非常に深い意味を感じます。
 2017年、本作と同様に低予算ながら人々の強い支持を受け大ヒットした作品と聞いて想起するのは、本作と同じく人種的マイノリティの苦悩を描いた『ゲット・アウト』です。国がトランプの時代に移行する中で、国民がマイノリティを応援する『ゲット・アウト』、『ビッグ・シック』の二作を強く支持したというのは非常に興味深い点です。
 「繋がりたいけど繋がれない」という人が増えつつある世界がある一方で、エンタメとそれを楽しむ観客がそんな世界の流れに反発している、その流れに心強さを感じます。
茶一郎

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