海

コロンバスの海のレビュー・感想・評価

コロンバス(2017年製作の映画)
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何年か前の冬、酔っ払って駅までの道を歩きながら、でたらめな会話をしてたとき、ふと気になって、どうして煙草を吸わないのと聞いた。まわりの友達みんな吸ってるのに、吸いたくならないの?それに、真面目な顔をして彼が返した答えがあんまり面白くて、わたしはけらけら笑って、彼もつられて大きな声で笑った。その夜みたビルとか病院とか工場とか改装されたばかりの駅、そこに宿る灯りと、出たり入ったりするひとの姿、かげ、これは一生忘れない夜だと、一秒が過ぎていくたびに解った。おどっているひとの、からだの動きが好きだ。わらっているひとの、顔の筋肉の動きが好き。ねむっているひとの、指さきのわずかな動きが好きだし、ねむっている猫のうえから見たかたちが好きだ。電車に昔あった整理券の機械が好きだった。高校の玄関を出てすぐに目に入ってた町の体育館と何台も停まってた車、駅裏に新しく建った高層マンションとそこに入ってく小学生たち、心霊スポットって噂のあったデパートの屋上と古いチェーンの喫茶店。最近は団地が好きで見かけるとつい写真を撮ってしまう。わたしがもののかたちや、建物や光、そこにあるものに時々立ち止まってしばらく見つめないと気がすまないのは、時間帯とか季節のせいだとずっと思ってたけど単純に、あれは建築の力だったんだなとこの映画を観ていて気づかされた。家は、ひとが住んでいないとあっという間に駄目になってしまうらしい。売りに出てる一軒屋にひとが住み始めた途端、違う家みたいに見えることがよくあった。建物には、いろんなひとの記憶がしみついている。思い出になるようなものばかりじゃなくて、悲しみとか寂しさとか、不安とか恐怖とか、ありとあらゆる感情がそこにあったそのひとのかたちと共にしみついている。この映画で一番好きだったところは、そういう「建物の眼差し」を、覗き見させてくれるところだった。建物の映し方もたまらなかったし、場面が入れ替わるごとに感動して、しばらくぼーっとするために何度か一時停止しないといけないほどだった。「工場ってきたないけど、夜にみるときれいよね、わたし、クリスマスのイルミネーションよりこっちのほうが好き」「日本って工場いっぱいあるやろ、夜ひとりやと、地球で一番明るい国かもしれんと思うことあるんよね」同じ場所に居て同じものを見て、すごく近いことを考える。いい町に住んでいたい、立ち止まりたいときにちゃんと立ち止まれるような町に。かなしくて、さみしくて、こわれてしまいそうなことばかりなのは、わたしもいつもおなじだよ。あなたは誰かを抱くみたいに、自分を抱きしめられるひとだ。だから知っていてほしいのはその光だけ。孤独を知っているひとはどうしてこんなにきれいなんだろうと遠い、とおいあなたのためだけに今夜わたしは泣いた。
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