茶一郎

ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書の茶一郎のレビュー・感想・評価

4.3
 「アメリカはベトナムに負ける事を知りながら戦争を続けていた!?」ベトナム戦争の真相が記述された最高機密文書=ペンタゴン・ペーパーズについての記事掲載を迫られるワシントン・ポスト紙の経営陣、記者たちの一部始終を描く本作『ペンタゴン・ペーパーズ』は、トム・ハンクスとメリル・ストリープの豪華すぎる共演が成立、そしてスティーブン・スピルバーグ監督が『レディ・プレイヤー1』のポストプロダクション中、脚本を見てからわずか9ヶ月間で撮影してしまったという破格の作品。もはや観ていて快感すら覚える、彼ら映画職人の名人芸を堪能できる作品として唯一無二の映画でした。
 
 本作『ペンタゴン・ペーパーズ』が非常に特殊なのは、物語の比重の多くが最高機密文書のスクープを獲得した瞬間ではなく「スクープを世に出すか・出さないか」決断する瞬間に置かれている所です。この語り口は、記者の取材合戦を通してジャーナリズムを描いた『大統領の陰謀』や、2015年アカデミー作品賞を受賞した『スポットライト』とは全く異なるもの。スピルバーグ監督が本作を「リーダーシップについての物語」と言及している通り、この『ペンタゴン・ペーパーズ』は会社を背負ったリーダーがいかにして報道への抑圧と闘うかというジレンマを描いていました。
 毎分毎秒、決断を迫られる「監督」であるスピルバーグが、この「決断」を描く物語に共感したというのは、非常に納得がいきます。

 『ミュンヘン』……『リンカーン』、『ブリッジ・オブ・スパイ』と昨今、「実話モノ」が多かったスピルバーグ作品ですが、本作『ペンタゴン・ペーパーズ』が、その作品群の中でも圧倒的に単純化された作品であるというのも興味深い点です。
 というのも本作ではベトナム戦争を引き延ばしている悪役をニクソン一人に担わせ、物語を完全悪ニクソンに対して正義のジャーナリストたちが「報道」を武器にして闘う、とても単純なものにしています。スピルバーグ監督が長編デビュー作『激突!』で主人公を追いかけるタンクローリーの運転手の顔を全く画面に映さなかったように、本作における悪役ニクソンの顔が最後まで映る事が無い、ある種、ニクソンを悪のモンスターのように描いているのです。

 機密文書が、ベトナムの戦場・川上からアメリカの新聞社・川下まで流れていく一つなぎの正義を描く丁寧さ。最高機密文書の存在をリークする記事をニューヨーク・タイムズの下っ端新聞記者が運ぶ瞬間、勇気の決断後、ついに最高機密文書の全貌を記した新聞記事が(これまた)一つなぎになって印刷される瞬間、何気ない瞬間の連続、何かを決断するだけという物語を観客にスリリングに、面白く伝える事ができる力は、「これぞ映画!」映画というメディアの力なのだと思います。
 そして決断が終わっても、まだ続く現実の恐怖。本作のラストが、同じくジャーナリズムの真の力を描いた傑作『大統領の陰謀』の冒頭に繋がるというのも映画を愛するスピルバーグの真摯な姿勢です。
茶一郎

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