茶一郎

ニア・ダーク/月夜の出来事の茶一郎のレビュー・感想・評価

3.7
 監督キャスリン・ビグローと聞くと、どうしても近作『ハート・ロッカー』、『ゼロ・ダーク・サーティ』もしくは代表作『ハート・ブルー』が思い浮かび、ついつい男臭いアクションかドキュメンタリックに社会的事件を撮る作家というイメージが先行しがちですが、実は監督の長編映画単独デビュー作はホラー映画である今作『ニア・ダーク/月夜の出来事』であります。
 『フライトナイト』と肩を並べる、古典的な現代を舞台にした吸血鬼モノとしてもはやエポックメイキングな今作『ニア・ダーク/月夜の出来事』、キャスリン・ビグロー監督のホラー顔負けの狂った描写がこの『ニア・ダーク』という、まさにホラー映画にあったことに気付かされる作品でした。

 物語はアメリカを舞台にし、謎の美少女に噛まれたことから吸血鬼、太陽の光を浴びると体が焼け、人間の血がたまらなく欲しくなる身体になってしまった男と吸血鬼仲間とのドラマ、現代版吸血鬼を描きます。
 非常に闇が美しく、またテンポの良いアクションも後のキャスリン・ビグロー監督作品に劣らない見せ方。特に藤子・F・不二雄氏の短編『流血鬼』(その元ネタ『アイ・アム・レジェンド』というより)を想起させる人間になりたい元人間の男と吸血鬼女性との恋愛も印象に残ります。

 何より今作『ニア・ダーク』における吸血鬼に変化する・吸血鬼の世界に巻き込まれる主人公「今までとは別の世界に半ば強制的に行ってしまう主人公」というモチーフは、キャスリン・ビグロー監督が一貫して描いているテーマと言えます。
 新人警官がサイコパスな犯罪者に巻き込まれ、その狂人と同じルールで闘わねばならなくなる『ブルー・スチール』、FBI捜査官が銀行強盗団に成りすましとして入る『ハート・ブルー』、現在に生きる主人公が凄惨な事件のあった過去の世界に精神的に繋がってしなう『悪魔の呼ぶ海へ』、作家的な評価が高くなった近作『ハート・ロッカー』は、戦場という狂った世界に自己実現を見い出さざるを得なくなった主人公を描き、『ゼロ・ダーク・サーティ』は拷問などの非人道的操作に最初は反感を覚えていた主人公が犯人逮捕という目的に取り憑かれてしまう過程を描きました。全て「主人公があちらの世界に行ってしまう話」と考え、監督のフィルモグラフィを並べると、それがいかに一貫したものか分かります。
 また今作において吸血鬼が太陽光に焼かれる特殊メイクは、後の『K-19』において放射線被曝してしまった作業員の描写と重なります。

 今までのルールが成立しない世界に送り込まれる主人公、そしてその環境に適応していく様を「怖い」と描けば今作のようなホラー映画、「スリリング」と描けば『ハート・ブルー』、「狂っている」と描けば『ハート・ロッカー』のような距離感になる。
 まさに処女作にその監督の作家性が詰まっているとはよく言いますが、今作『ニア・ダーク/月夜の出来事』はその通りなキャスリン・ビグロー監督の一貫したテーマが凝縮された作品です。
茶一郎

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