茶一郎

ビール・ストリートの恋人たちの茶一郎のレビュー・感想・評価

4.2
  胸キュンと悲痛な現実がボディブローをかましてくる『ビール・ストリートの恋人たち』。『ムーンライト』でアカデミー作品賞を獲得したバリー・ジェンキンス監督が「『ムーンライト』はウォーミング・アップだった」と言うほどの重大物件、ジェイムズ・ボールドウィンの『ビール・ストリートに口あらば』を原作とした作品です。

 動画でのレビューはこちら https://youtu.be/Wy2sO6MouqQ

 物語は1970年代のNYハーレムを舞台に、幼馴染のティッシュとファニーが出会うまで、一方でファニーが無実の罪で逮捕され二人が引き裂かれてから、の二つの時間軸を交互に語っていきます。全編、ティッシュのナレーションをベースに二つの時間軸、「恋人たち」にとっての光と影を並列して描く原作通りの語り口を採用しながら、バリー・ジェンキンス作品らしさが前面に出ているのは何と言っても撮影です。
 テレンス・マリックにエマニュエル・ルベツキがいて、コーエン兄弟にロジャー・ディーキンスがいるように、バリー・ジェンキンス監督作には撮影監督ジェームズ・ラクストンが欠かせない存在になっていますが、本作『ビール・ストリートの恋人たち』の撮影は美しすぎます。全編、赤と黄色を基調にした温かみのある画面で悲痛な現実を彩り、『ムーンライト』では主人公の魂の色が「青」だった一方、『ビール・ストリートの恋人たち』では「青」はファニーを差別する警官の制服の色、冷たい現実の色となっています。
 また2:1の特殊な画面比率について、ジェンキンス監督は「写真が連なる映画にしたかった」と仰っています。時折、挿入される70年代ハーレムの写真と合わせて全編が写真のように美しい逸品に出来上がっています。

 序盤はジェンキンス監督の長編監督デビュー作『Medcine For Melancholy』のロマンス度を高めた男女のやり取りや、『ムーンライト』のもどかしい視線のキャッチボールに胸キュンしながら、後半には頻繁に「こちら」を向いてくる登場人物と目が合い、彼らが何かを訴えてくるようで辛くなっていきます。
 原作が出てから45年。マイノリティに対する差別の意識は何も変わっちゃいないんだと、頭を抱え込んでしまいます。

 『ブルー・バレンタイン』方式の恋愛の光と影を映す原作リスペクトの語り口と言いながら、大きく変わっているのはラスト、原作では二章「神の国(シオン)」の部分です。原作では夢か現実か分からないまま幕を閉じる一方、本作はしっかりと現実のものとしてラストを描いていました。
 これは映画的な分かりやすさ以上に、現実に対する唯一の救いである「愛」の強調という事であると思いました。ジェイムズ・ボールドウィンが提示した、差別に抵抗もせずただ流されていくだけの恋人たちに少しだけ「愛」をプレゼントするバリー・ジェンキンス版『ビール・ストリートに口あらば』。冷たい現実、影の部分にいる彼らに、光をプレゼントする撮影。そこに愛があるだけで、彼らが少しでも救われたような気になります(気になってしまいます)。

 2回目になりますが、原作が出てから45年。本作のエンドクレジットはアメリカの愛国歌♪my country tis of theeを重ね、その現在を猛烈に批判してこの『ビール・ストリートの恋人たち』は幕を閉じます。
茶一郎

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