秋日和

ファントム・スレッドの秋日和のレビュー・感想・評価

ファントム・スレッド(2017年製作の映画)
4.5
ある女性に翻弄された中年男がやがてその身を滅ぼしてゆく、というノワール的な映画が好きで、更には屋敷の内側から外部の人間の手によってじわじわと支配されていく映画も好きなのだから、やっぱり『ファントム・スレッド』だってどうしても好きになってしまう。
ダニエル・デイ=ルイスがヴィッキー・クリープスに特別に入れ込んでしまう訳ではない。『スカーレット・ストリート』のエドワード・G・ロビンソンみたいに男の立場が下という訳でもない。それにも拘わらず、デイ=ルイスは徐々に弱っていき、嘗ては我慢がならなかったことも受け入れてしまうくらい密かに調教されていく。普段は決して走らなさそうな彼が、必死になって走る姿はどう見ても敗北宣言で、我が妻が他の男と一緒に年を越している訳ではないと知ったときに思わず浮かべてしまった表情は、確実に彼の衰えなんだと思った。
どうしたって考えてしまうのは、フレーム外で密かに行われているであろうヴィッキー・クリープスの嫌がらせ。これは想像するだけで楽しい(便器掃除に夫の歯ブラシを使っていたりするのかな……)。じわじわ溶けていくバター攻めだけでもゾクゾクするけど、絶対あれだけにとどまってなんかいないはず。
真っ白なドレスに一点の染みを許してしまうと、それはもう取り返しのつかない結果を呼び込んでしまう。わざとらしく下品にシリアルを食べたり、カチャカチャと音を立ててクッキーを割ったりするその行為だって、放っておくと大きな妥協に繋がってしまうのだから。
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