ベルサイユ製麺

メイズ 大脱走のベルサイユ製麺のレビュー・感想・評価

メイズ 大脱走(2017年製作の映画)
3.5
やはり脱獄しかないのか⁈

1983年、北アイルランド。メイズ刑務所。実話。タイトルだけ見ると、巨大迷路からの脱出劇みたいですが違います。
北アイルランド紛争を背景とする英国政府との闘争の中で逮捕されたアイルランド共和派(違ってたら申し訳ない!)の囚人達は、刑務所での劣悪な待遇の改善を求め“ブランケット・プロテスト”“ダーティー・プロテスト”そして“ハンガーストライキ”などの身体を張った、命懸けの抗議活動を行います。(スティーヴ・マックィーン監督『ハンガー』で詳しく描かれてます☺︎)
後にIRAの説得によりハンストは終結し、待遇も一応改善されたものの、結果敵対する英国帰属派と共に収監される事になります。彼等の屈辱はまだまだ終わらない。

囚人ラリー、細身でやや神経質タイプ。彼は脱獄を目論みます。それが反抗心の表れになるから。理知的で辛抱強い彼は、自ら所内の清掃を買って出ることで看守達の心証を良くして油断させるとともに、刑務所の構造を調べ脱獄の糸口を探ります。その過程で、看守の一人ゴードンとコミュニケーションを取るようになります。ゴードン、若くしてロマンスグレー。渋い!
ラリーの目的は情報収集と懐柔。ゴードンの目的は監視と、あわよくば厚生を、と。徐々に二人は歩み寄りを見せますが、その目的は悲しくも捻れている。
刑務所内の様子と、二人の間の変動し続ける関係性を細やかに描き、クライマックスの脱走のシークエンスまでを静かにジリジリと盛り上げてゆきます。


病魔に蝕まれた身体をサーラ樹の下に横たえ、仏陀は弟子達に語ったそうです。
✴︎「監獄BL、なにがヤバいって檻の中と外の距離感でしょ!マジ焦れるわ〜。」(出典不明)
…流石!悟り、超開いてる!

この映画、出来事としてのゴールは実際に起こった刑務所脱走事件で、だからその描写が動的なクライマックスなのには間違い無いのです。
ですが、この映画で真に心を掴まれるのは明らかにラリーとゴードンの心の動きです!(変なところを面白がっている訳では無く、実際にそういう作りで、ソコがオチにもなってます!)
ラリーが従順で、敬意を持ってゴードンに接するのは、油断させる為、情報を引き出す為に利用している訳ですが、次第に人間同士として付き合ってくれるゴードンを欺いている事に引け目を感じるようになります。
ゴードンは非常に厳格な男で、それ故に不必要に囚人を嬲ったりはしません。初めのうちこそ毅然とした態度を取り、看守と囚人の立場を明確に線引きしていますが、しきりと話しかけてくるラリーに対し本音で語りかけ、恰も友情の様なものを感じ始めています。
ゴードンは休日の家族サービスの最中IRAの襲撃を受け(当時、メイズ刑務所の看守は日常的に命を狙われていました。)、怯えた妻子はゴードンと別居し始めてしまいます。同じく囚人という境遇の所為で妻子に会えないラリー。2人は、どうしたら嫁と上手くやっていけるのかなんて話し込んじゃったりします。看守と囚人が…。愛について…。いや、それが愛だろ!
例えば大傑作『新しき世界』のジャソンとチョン・チョンの物語に萌え狂った方ならこの感覚は伝わりやすいと思います☺︎☺︎
…脱獄決行の当日、非番だった筈のゴードンが出勤して来やがった!その時ラリーは…⁈って展開こそがメインのドラマです。胸が焼け焦げる…。

基本的な事を(今さら…)言えば、映画の作りは至って普通。『ハンガー』や『プリズン・エクスペリメント』の様な尖ったアート的表現などは有りません。それ故、普遍的であるとも思えます。自分が勝手に萌え狂ってるだけで、物語はとにかく真っ当。最後に文章で説明される彼等の行く末には大きな溜息がでてしまいましたよ…。
中盤、ゴードンがラリー達を指して言う台詞。「お前達がどんな犯罪者とも違うところは、自らの罪に後悔しない事だ。」(←意訳)…結構重い指摘に思えました。生まれる場所は選べない。改宗も容易ではない。人は誰しも生れながらにして罪人で有ったり、或いはある日突然殉教者に成り得る。鉄格子の中側はどちらなのか。寧ろ、そもそも鉄格子の外なんて存在し得るのか?ゴードンの終盤の皮肉めいた或る台詞が重くのしかかります…。

エンターテイメント性はほぼ無く、所謂スター俳優も出ていませんが、個人的には低く胸を抉るように打たれた、忘れ難い一本になりました。ひっそりとお薦めです!
刑務所かー。刑務所なぁ。刑務所もなぁ…。