未島夏

未来のミライの未島夏のレビュー・感想・評価

未来のミライ(2018年製作の映画)
4.1
もし、家族の変遷を縁取ったこれまでの家系の節目にある感動を、一つ一つ子供に見せることが叶えばどれだけ素敵だろう。
どれだけの想いを子供に伝えられるだろう。
今作はそんな親のささやかな願いをそのまま冒険活劇へと落とし込んだ、正しく「未来」へと放たれる希望の物語だ。

アニメーションによる空想的な希望が、監督自身と同じく親になった全ての大人たちへ優しい眼差しを向けている。
それと同時に、そんな冒険を託されたくんちゃんを通して描かれる感情は誰しもが成長過程に通って来た普遍性を持っている。

冒険活劇としての娯楽性に言及するなら、くんちゃんとミライちゃんの共同作業、行動の蓄積が少ないまま物語が進む(ミライちゃんの不在時間が少し長い)ので客観からの連帯感が不足し、クライマックスの二人のある再会への感慨もやや乏しい。
くんちゃんとミライちゃんの二人揃った共通のアクションへ冒険心を持たせなければ、やはり二人による活劇としては物足りない。
この作品へ消化不良を感じる観客の多くは恐らくこれが理由だろう。

しかし「サマーウォーズ」や「バケモノの子」といった従来の作品に見られる過剰な大団円は無く、物語の主題を達成するくんちゃんの姿を静観するラストがとても良い。

単独脚本によって生まれるディテールの粗もイメージの連鎖的な描写にする事でその抽象性を正当化し、結果的にではあるが打ち消すことが出来ている。

家庭環境とそこにいる個々人の葛藤の衝突をコミカルかつ詳細に綴ることにおいては、監督自身の体験の投影が強いからか肉薄しているので非常に綿密な家族の特色を形成している。
導入に最低限必要な説明ゼリフの配置も合理的でクドさは少ない。

今作の良し悪しを総じた上でただ一つ断言出来るとすれば、自身の体験が強く作品へ反映される細田守監督のフィルモグラフィにとってこの作品は絶対に必要不可欠であったという事だ。
スタジオ地図作品の集大成的な売り込みの真意もそこに交錯している。

人には歴史があり、歴史が家族を連ねる。
未来へ願う事は同時に過去を見つめる事だ。
未来から来たミライちゃんにとって物語の描く今が過去である様に、自らの家族、家系の過去にある無数の感動の行き着いた先が自分である事を知るくんちゃんの「自覚」という成長に、私達が改めて気付かされる事はあまりに多い。
未島夏

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