茶一郎

天才作家の妻 -40年目の真実-の茶一郎のレビュー・感想・評価

4.0
  無言の妻の、その顔、表情、演技、全てが怖い。冷たい恐怖の映画『天才作家の妻』。
 ノーベル文学賞受賞の連絡を受け、子供のように喜ぶ作家の夫の一方で、感情を押し殺すかのように無表情、無言の妻、そしてタイトルという一連の冒頭に、「アッただ事ではない映画が始まった」と思いましたが、その予感は後に的中することになります。

 ノーベル賞の栄光を書き取った作家の夫と、その夫を支え続けた完璧(に見える)妻、40年間の夫婦生活が、ある事をきっかけに決壊していくという何とも怖〜い映画が、本作『天才作家の妻』。
 ゴールデン・グローブ賞・ドラマ部門の主演女優賞始め多くの賞レースを総なめし、オスカー獲得も確実と言われる「妻」を演じたグレン・クローズの恐ろしい演技の素晴らしさは言うまでもなく。本作の人間ドラマのスリルを高めているのは、その「妻」のリアクションにありました。
 スポットライトが当たり、行動をし、セリフを吐くのは常に夫、一方でカメラはライトが当たっていない妻の反応も見逃さない。夫のアクション、妻のリアクション、ここで背筋が凍る、夫のアクション、妻のリアクション、ここで怖いと思う、このリズムが、この『天才作家の妻』を支配しています。

 恐ろしいのは、やはり夫婦関係が崩壊、殺していた妻の感情が爆発する瞬間。ある純粋な思いが、本当の「言葉の天才」である妻には逆効果だった。このシーンにおけるスポットライトが当たる人物の逆転、照明演出は凄まじいものです。

 女性作家がその性別のため、思うような評価を得られないというのは、近作、メアリー・シェリーの伝記映画『メアリーの総て』でも描かれていた事ですが、本作『天才作家の妻』はそのような女性被害者の映画には着地しません。
 原作者&脚本家(どちらも女性作家)によれば本作は「被害者の映画ではない」、「ある関係を結んだ、ある結婚についての映画である」と。
 ノーベル賞授賞式後のパーティにて、スウェーデンの国王陛下に「何のお仕事をされているのですか?」と尋ねられた妻は「キング・メーカー」だと答えました。この『天才作家の妻』は、本作の妻のように夫を玉座に座らせるため、陰で夫を支えた全ての「妻」、どこにでもいる「妻」の映画だと強調します。

 他者の物語の脇役でいる事を強いられてきた妻が、ようやく自分の物語が語れる、ようやく自分の物語の主人公になれると、空白のページをさするラストに、落涙、恐怖、高揚感が襲いました。とんでもなく恐ろしい「妻」の映画。
 何より、どんな人も自分の物語の主人公になれるような社会になる事を強く望んで、このレビューを締めます。
 
 音声はこちら https://youtu.be/46tUK4d8nD0
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