茶一郎

半世界の茶一郎のレビュー・感想・評価

半世界(2018年製作の映画)
4.0
 稲垣吾郎、長谷川博己、渋川清彦という邦画界最強の幼馴染が繰り広げる三重県版『ディア・ハンター』であり、炭焼き職人お仕事ムービー、そして阪本順治監督の集大成的作品『半世界』。

 山と海が同時に見える三重県の田舎町を舞台に、父から受け継いだ炭焼き職で何とか生計を立てる稲垣吾郎演じる絋の元に、海外に自衛隊として赴任していた長谷川博己扮する瑛介が十数年ぶりに戻ってきた。しかしこの瑛介、完全に心を閉ざしてしまっているよう。『半世界』は「瑛介、どうしたの!?」というお話を静かに美しく描く一本でした。

 何よりも本作『半世界』は稲垣吾郎さんのスター映画です。三池崇史版『十三人の刺客』では松平斉韶という邦画界最恐のサイコパスを演じたと思ったら、こちら『半世界』では髭を蓄えた泥臭い山男。何とこの山男・絋は、監督が稲垣吾郎さんにあて書きしたキャラクターだそう。
 この絋は時代遅れの亭主関白な一方、息子はイジメられ、妻は隠れてお酒を飲み、タバコを吸っているという一見、強そうだが幼い、家庭をコントロールできていないダメな父親です。この幼さとそこからくる無邪気なダメさは、稲垣吾郎さんの優しそうな目と清潔感の残る二枚目なルックスがその説得力を増しています。

 そして本作『半世界』は前半から主人公・絋の炭焼きの仕事を、木を切るところから、運び、燃やすまで非常に丁寧に描きます。この詳細な描写の興味深さは、スター映画を超えて「炭焼き職人のお仕事ムービー」の面白さを担保すると同時に、心を閉ざした瑛介が絋の仕事を手伝う過程で心を開いていく中盤以降の展開に繋がります。
 実に『半世界』、3人の幼馴染が軸とは言うものの、ほとんどの上映時間を絋と瑛介のやり取り、狭い田舎を生きてきた絋の「世界」と、赴任した海外をサバイブした瑛介の「世界」の衝突を描きました。

 また非常に阪本作品らしいのは瑛介のある描写。内なる暴力性を隠しきれない瑛介が暴走するシーンです。このシーンでの演出の盛り上がり、今までの人間ドラマがどこかに吹き飛ぶような転換は、団地を舞台にした人間ドラマがSFに転換する『団地』、そしてボクシング映画が悪の組織と闘うアクション映画に転換する『鉄拳』を思い出しました。普通のドラマなのに、こういう仕掛けがある奇妙さが阪本作品の魅力です。
 
 本作『半世界』を観る前にまず気になるのは、そのタイトルでした。この「半世界」という謎の言葉は、写真家である小石清さんの写真集のタイトルから引用したと監督は仰っています。この写真集は小石清さんが日中戦争の戦場写真家として戦地を訪れた際に撮った写真を集めた作品で、その写真は戦争中でありながら、戦地の市井の人々、動物などを切り取ったものだそうです。この写真家として戦地を訪れた小石清さんは、映画『半世界』の瑛介と重なります。
 何より『半世界』における外部の視点から、非日常的な世界の日常を切り取る姿勢は阪本作品的とも言えます。それは大鹿村という半世界に若者が訪れる所から始まる『大鹿村騒動記』であり、夫婦が団地という半世界に引っ越して始まる『団地』、監督の『どついたるねん』から始まる「新世界三部作」も「新世界」というある種ファンタジックな喜劇の世界を客観的に捉えています。
 この『半世界』というタイトルからして、実に阪本監督の集大成的作品だったのだと思います。

 静かに続く『半世界』の世界ですが、最後は「死」と「継承」の物語として幕を閉じます。冒頭のある長回しのシーンと対になるラストのシーンは、亡くなった上の世代からその意志を受け継ぐ「継承」のシーンです。
 そして偶然にもこの『半世界』の撮影終了の40時間後に、阪本監督はお父様を亡くしてしまったそうです。『半世界』は、物語的にも監督ご自身にとっても「死」と「継承」の映画になってしまった。『半世界』、実に美しいのですが、悲しくもあり、大切な作品です。
茶一郎

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