ベイビー

バーニング 劇場版のベイビーのネタバレレビュー・内容・結末

バーニング 劇場版(2018年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

先日観た「ペパーミント・キャンディ」の演出がとても素晴らしかったので、それからすっかり気になってしまったイ・チャンドン監督。

今作は村上春樹さんの原作「納屋を焼く」をモチーフとしたミステリー作品。その物語の運び方は何処か文学を感じさせ、静かなストーリー展開の中に、人間の深層心理を炙り出すギミックが仕掛けられているように思われます。

それを実現させているのはメタファーの使い方。「メタファー」という言葉は劇中でもさりげなく使われており、意図的にこの言葉が作品に大きな影響を与えているのは明らかです。

冒頭でヘミがジョンスの前でミカンを食べるパントマイムをします。ジョンスはヘミに「上手だ」と褒めると、ヘミはパントマイムを上手く見せるコツを話し出します。それは、

「頭の中に"ここにミカンがある"と描くのではなく、"ミカンはここにない"という思考を失くすこと」だと言うのです。僕はその話を聞いても全然ピンと来ませんでした。

しかし、これこそがこの作品のギミックでありメタファーなんですよね。僕はこの会話からまんまと"ミカン"の存在を植え付けられてしまいました。もちろん"ミカン"は"存在"を表す比喩で、僕の頭の中に無いはずの"概念"が植え付けられてしまったのです。

それはジョンスも同じです。ヘミによって実体のない大きな存在が芽生え、ベンの存在によって自分の価値観が大きく振り回されてしまいます。それはヘミの手相を見ながらベンが手品みたいに不安の石を取り除いた場面に繋がります。そして、この場面もまた、ジョンスの行動を引き起こすメタファーとなっているように感じてしまいます。

 パントマイムのコツ
 手相を見ながら取り出した石
 居るはずのネコ
 ヘミが落ちた井戸
 ビニールハウスを燃やす趣味
 グレートハンガー…

ヘミの言う、パントマイムのコツは"ない"という思考を失くす=ある

ベンが手相を見ながら手品を使って"不安の石"を具現化させる=ある

この二つは今まで存在しなかったものが、それぞれの言葉や行動によって"概念"が植え付けられ、いつの間にか意識の中に"ある"ものとして存在してしまいます。それと上手く結び付けているのが、"居るはずの猫"、"ヘミが落ちた井戸"、"ビニールハウスを燃やす趣味"なのではないでしょうか。

ヘミは飼っていると言うが、未だその猫を見たことがない。

ヘミはそこに落ちたと言うが、近所の人はその井戸の存在を知らない。

ベンはもう燃やしたと言うが、ビニールハウスが燃えた跡は見つからない。

今まで存在すらなかったのに、暗示のように意識の中に"ある"を植え付けられ、でもその存在がいつまでも具現化されず不確かとなるならば、次第に"不信感"が芽生え始めてしまいます。ジョンスは"不信感"を振り払うように、猫、井戸、燃やされたビニールハウス、そしてヘミを必死で探します。それはあたかも自分の"グレートハンガー"を埋めるように…

ジョンスは小説家志望。虚構を思考し、実体化させるのが彼の生業です。それらのメタファーを上手く繋ぎ合わせれば、彼が最後にした行動もなんとなく理解できます。

このメタファーを見事に繋ぎ合わせたイ・チャンドン監督の演出、とても素晴らしいと感じました。特にラスト、ジョンスが自分の存在を"無いもの"とする行動は本当によかったと思います。

メタファー好きな方にはおすすめな作品。村上春樹さんの原作も気になってしました。
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