ブロックバスター

ある女優の不在のブロックバスターのレビュー・感想・評価

ある女優の不在(2018年製作の映画)
3.7
たとえ主張していることが正論でも“女性だから”という理由で石を投げられ、忌み嫌われるような男性優位社会。
アゼルバイジャンの片田舎にある閉ざされた村社会で、一人の少女が自分の夢を実現させるためには、誰か権威のある存在に味方になってもらうしかない。そう例えば、テレビドラマの世界で輝く女優のような、誰もが認める存在に…。

少女マルズィエも最後にそんな思いを込めて、女優のジャファリに自殺をほのめかすようなビデオメッセージを送ったのかもしれない。彼女が託したメッセージはあまりにも切実だった。どこかで水音が鳴り響く不穏な洞窟で、彼女は語り出す。「女優になる。その夢を叶えるために、難関校であるテヘランの美術学校を受験して、やっと合格できた。なのに、なのに!家族と婚約者の手で、私が望む未来が絶たれてしまった。

ジャファリさん、大女優のあなたなら、私の家族を説得できると思っていた。だからあなたに何度も何度も電話をかけたけど、あなたは一度も電話を取ってくれませんでしたね。だから、こうするしかないの…!」

そう言って、彼女は自分の首にロープをかけた。映像はそこで止まり、困惑する女優ジャファリは、少女マルズィエに安否を確認するため、映画監督であるパナヒと共に、彼女が住む村へと夜通し車を走らせる。

だがそこは、たった一台の車しか通れないうねり曲がった道の先にあるアゼルバイジャンの小さな村。アラビア語が話せる人も少なくなく、かなり閉鎖的な環境で、村人たちだけの閉ざされた文化が根をはっている。

村に到着したジャファリとパナヒは「大女優が村にやってきた!」と歓待を受ける。しかし村人に「芸術学校に合格した女優志望のマルズィエを探している」と村の男たちは急に怒り出すではないか。村の男たちは「あんな災いをもたらす娘を探しにきたのか!村から出て行ってくれ」と紛糾する始末。さらにマルズィエの家に行ってみると、今度はマルズィエの弟が「アイツを大学なんかに生かせないぞ!」と暴れ出した。

一体この村はどうなってるんだ!?と困惑するジャファリとパナヒ。マルズィエという少女の正体が掴めないまま、彼女の行方を追うのだった…。

作中で、マルズィエに対する評価が男性と女性ではっきり分かれていることが非常に興味深い。というのも、マルズィエはテヘランの芸術学校に合格するくらいなので、かなり聡明な少女だ。彼女の母や娘、そして友人も「マルズィエは知恵が働く賢い子だ」と語る様子から、彼女の有能さを窺い知ることができる。女性たちから称賛を受ける一方で、村の男たちからは「あの娘は村人の言うことを聞かない、厄介者だ」と邪険にされるのは、きっとそこに“見えざる差別”が働いているからだろう。

しかし、この“見えざる差別”はイランだけでなく、ここ日本でも散見されることだ。「女性だから」という理由で意見が通らない。「女性だから」という理由で男性から横柄な態度を取られてしまう。女性が感じる社会からの圧力や、そこから生じる生きづらさは、イランに暮らす女性でなくても共感できるテーマだと思う。

一方で今作は“見えざる差別”というテーマを必要以上に悲観的に描いてはいない。確かに村人の間には「村人は助け合うべきだ」という同調圧力が働いているものの、それは決して露悪的ではないのだ。マルズィエのことをめちゃくちゃ非難する村人のシーンはちょっと見ていてドン引きするが、ジャファリやパナヒをもてなす様子は、とても牧歌的で無邪気だ。だから嫌な気分になることなく、最後まで鑑賞し続けられる。

主演で本人役を演じたジャファリの演技も光っていた。マルズィエに翻弄されて苛立つ様子、そして時に周囲に暴力的になる様子は圧巻だった。

(ここから東京フィルメックスのこぼれ話)ちなみにジャファリは、今作のオファーをもらった際に、監督のパナヒに「日本に連れてってくれるなら受けてあげるわよ」と伝えたのだそう。なので、東京フィルメックスのトークショーでは「夢にまで見た日本に来れてうれしい!」と語っていて、その様子がとても可愛らしかった。

※こちらのnoteでは、映画のサムネイル付きで作品を解説しています。
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https://note.com/373_chan_bb/n/n9d1501c58ee0