和桜

読まれなかった小説の和桜のレビュー・感想・評価

読まれなかった小説(2018年製作の映画)
4.5
人が集えば会話が始まる。それは議論、口論、対話へと変貌していき、トルコの風景や日常の中で様々な形の会話劇が進んでいくヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督作。
一見哲学的にも見えるけど、ドストエフスキーやトルストイを物語の中に巧く落とし込んでいた前作に較べると会話の中身は薄めとも言える。むしろ若者を主人公とすることで、この時間ややり取りこそが重要だったように思う。
三時間を超える壮大な遠回りを経て、本当に語り合うべき人間と最後にようやく向き合える長い長い旅路。ラストに訪れる二人の会話が愛おしすぎて、まだ見ていたいと願い続けてしまった。
映画は極限の編集作業でなり立つものでもあって、三時間超えの映画はもっと短くまとめられたのでは。と半ば八つ当たり的に少し下げてしまうことも多いけど、2019年の映画は本当に長尺映画の傑作続きだった。

今作はジェイラン監督が製作中の映画を中断して撮った「自分の父親と同じ運命を辿ることを受け入れる青年の物語」。親戚の教師とその息子の話をモデルに映画化されたもので、これは次作の家族についての自伝的な映画を撮るに当たって必要だったのかも。
トロイの木馬にガリポリの戦い、赤ん坊に群がる蟻とガルシア・マルケスの写真、水は出ないと馬鹿にされながら井戸を掘る父と息子、原題にもある野性の梨の木。モチーフとしても楽しすぎて、脚本が甥御さんということで心配だったけど完全にジェイラン作品だった。

文学の中で描かれる典型的な青年像はもちろん、父親がなかなかの曲者で助演男優賞をあげたいくらい。権威的な父親ではなく、ヘラヘラ笑いながら事を済ませようとする憎めない父親。かつては真面目で人望もあったはずなのに、そうなった理由も詳しくはわからない。息子が遠回りをしながら行き着く先もそんな父親の秘密であって、それを知ったときに得られるカタルシスが最高すぎた。
どう抗っても子供は親の性質を受け継いでしまう。これは本人にとっては絶望的で逃げたり否定したいことにも思えるんだけど、親と子が互いに語り合い赦し合い理解し合えば乗り越えられるのかもしれない。

ちなみに自分の2019年実写映画ベスト1と2が『アド・アストラ』とこの作品。
父を絶対的な存在として内省的な旅路の中で追いかける『アド・アストラ』、父を負け犬と見下し周囲に議論をふっかけながら彷徨う『読まれなかった小説』。
一人きりの道中に陥る堂々巡りの思考を打ち破るのは、のし掛かる現実であり他者からの言葉。父と息子の物語として、オイディプス的なアメリカと継承の物語としてのトルコでかなり対照的なんだけど素晴らしかった。
和桜

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