姿勢を正して見るべき重い題材を、いとも簡単にエンタメに昇華しつつ、観れば全社会人が身につまされる思いになる作品だった。
「営業職」とは実に業の深い職業である。
特に、顧客が向こうから出向いて来てくれる「インバウンド」と違い「アウトバウンド」などは、"会社の利益"をなによりもまず優先させない事には、大抵の場合成り立たない。
では、何故アウトバウンドをしなければならないのか?
それは、その市場において"同業他社"が数多く存在し、類似商品の性能など品質を見比べた時に"劣ってしまう"箇所が、その売りたい商品にはあるからだ。
値段、品質、性能、サポートなど、全てにおいてどこよりも優れていたのなら、わざわざ一番コストがかかる「人件費」などに投資せずとも、それこそインバウンドで本来なら事足りる。
ただ、そうはいかないのが現実であり、顧客もどうせ買うなら一番いいものを当然欲しがる。
では、どこかしらにマイナスイメージのある商品の売り上げを伸ばすにはどうすればいいのか?
それは「不都合に気付かれない」ように商品を売るほかないのである。
一切説明しないという事は、コンプライアンス違反になる為"普通の企業"なら絶対にないが、それでも"良心"とはかけ離れたアプローチに変わりはない。
まずは、その商品の持つ"セールスポイント"を絶対的な自信を持ってプレゼンテーションしたのち、顧客の気持ちが傾いた頃を見計らってマイナスポイントを潰していく。
勿論、その際もストレートに物事は言わず、極限まで回りくどく説明をする。
もしくは逆に、当たり前感を前面に押し出しつつど直球に伝え、すぐさまさらっと話を流してしまう。
そして、契約は必ず即決でなければならない。
このプロセスでの狙いは、顧客の"思考力を鈍らせる"事にあるからだ。
他の類似商品やマイナス面には目を向けさせず、今説明されている商品の事だけを考えさせ、たっぷりと時間を使い、契約しない理由を一つ一つ理詰めで潰し、徐々に逃げ道を無くしていき、顧客が疲弊して根負けするのをジッと待つのが営業という仕事の基礎である。
勿論、商品力のある商材を取り扱っていれば、そんな苦労はしなくて済むし、お客様第一で商談は進められるが、世の中の大半はそんな生易しい仕組みで回ってはいない。
その為、全ての営業が当てはまるわけではないが、もっと端的に言ってしまうと「営業と詐欺は表裏一体」なのである。
かくいう僕自身も、以前はそんな世界で生きていた一人である。
今にして思うと、どんなものを売る時だってなにかしらの「嘘」は必ず潜んでいたし、顧客の不利益は見て見ぬふりをしなければ商談を成立させる事は難しく、後に"トラブル"に発展させない"やり口"ばかりが上手くなっていき「やりがい」という言葉からは縁遠いような世界だったように感じる。
むしろ、喜んで頂けたお客様には後ろめたさまで感じる事もあった。
特に前職は、雇用形態もカスのような会社だったので、生活の安定がなく最低限の保証しか与えられていない環境下で、毎月ギリギリまで心を削ってまで必死にノルマを追いかけ働き続ける意義を、最終的には見出せなくなっていた。
そして、今回はそんな「利益第一主義」の観念が蔓延った会社の営業部で起こった"日本全土を揺るがす大事件"を取り扱った作品となっている。
こんな、誰にでも思い当たる節のある「他人を欺く」事や「誰かを裏切る」事を真っ向から取り上げ、それでいてここまでライトに観やすく作り上げられてしまっては、褒めるほかに無くなってしまう。
「池井戸潤」原作の映像作品はドラマ化が基本だが、これは映画で"映画の尺"でやって正解だったと思う。
なにせ、お忙しい経営陣の方々も2時間あまりのちょっとした時間で"襟を正せる"機会を得る事が出来るのだ。
こんなにお手頃な"自戒"のチャンスをみすみす見逃す手はないだろう。
まず、今作の主人公「八角民夫」がこれまでになかったダークヒーローだったのが良かった。
いつもの池井戸作品なら、主人公はどんな悪意にも挫けず正義のままを貫き通すクリーンなイメージのキャラクター像が主流であるが、今作の八角は一度いわゆる"闇堕ち"を経験した人物であり、加害者側の立場からいまだ這い上がろうともがいている姿が描かれている。
そこに、今作で提起している日本社会が孕んだ大きな闇が絶妙に絡んでいて、現代のサラリーマン、特に営業職に就く人なら誰しもが抱く"不安"や"恐怖"が上手く表現されていた。
また、施策運用中の無人ドーナツ店とドーナツ泥棒の関係を、今作の取り上げた大きすぎる問題の小規模縮小版のように見せて、分かりやすさを追求する構えも好感が持てる試みだった。
そして、エンドロールで流れる「同じ問題が繰り返されない為にはどうすればいいか?」という問いに対する池井戸潤なりのアンサーには、あまりに正直でどストレートすぎる解答に、思わず正座で見入ってしまっていた。
これから就職を控えた人達にはちょっと刺激が強いかもしれないが、それでもこの映画で描かれた「体制」は近からずも決して遠くない"的を射た"表現で映し出されている。
その重さゆえ、元気になったり勇気を貰えたりはしないが、全国民の特に経営に携わる人に関しては、心して見ておく必要があると感じる作品であった。