ジャン黒糖

岬の兄妹のジャン黒糖のレビュー・感想・評価

岬の兄妹(2018年製作の映画)
4.1
監督で観る映画。
今回は片山慎三監督①。

ポン・ジュノ絶賛!という謳い文句が書かれるのもわかるような("絶賛"の程度が実際どのくらいかはわかはないけど)、映画を観ていてまさにポン・ジュノ映画を観た時の余韻を思い出すような、そんな映画だった。

【物語】
とある港町で暮らす兄と妹。
自閉症の妹・真理子を家に閉じ込め、兄・良夫は漁業で生計を立てていたが、それもクビになってしまう。
そんなある日、真理子が何度目かの家出をしてしまい、男性になんとか助けられ、その際に金銭を受け取っていたことを良夫は知る。
引き続きその日暮らしで生活に困っていた2人だったが、あの時男性から受け取っていたお金を思い出し、良夫は真理子を利用して“冒険”という名の、とある行動に出る…。

【感想】
ずっと存在が気になる監督ではあったものの、話のエグさから敬遠していたのだけれど、実際に観てみると確かにエグい、けれどそれ以上に監督の力量、手数の多さに唸らされてしまった。

自閉症の妹、という本人の意思が読み取りづらい、周りのサポートが必要な女性の体で売春行為を兄が執り行うという話の題材自体、モラルにも法規制にも反した、アウトな世界を描いているのに、映画全体は不思議とどこかエネルギーに満ちている。

テイクアウトしたマクドナルドのハンバーガーを貪る場面、先立たれた妻を憂う老人が花をさした後にする行動、学校のプールでの男子高校生とのやりとり、など、露悪的、非人道的なことが劇中散々行われており観る人によっては目を背けたくなるような場面も多いのに、そのいずれにも随所にユーモアが挟み込まれている。

そして主人公の良夫と真理子もまた、目の前で行われている描写の醜さに比してどこか憎めなさが常にある。
「ねぇ仕事する?」「お前みたいな奴は偽善者ってゆーんだよ!」「まだまだ出るぞ!」
滑稽さのなかに、愛らしさが常に混在している。
これを演じた松浦裕也さん、和田光沙さんがすごい。
起きている出来事はひどいのに、結構な割合で見ていて笑ってしまった笑


プールでの出来事なんか、良夫側の「なんじゃそりゃ…」という展開に思わず唖然とさせられる。
しかもこの場面、序盤のその日暮らしだった兄妹の、良夫がぼそっとこぼすある発言の伏線にもなっているから面白い。

一方で、真理子側がいる場所は汚いのに(しかもその“場所”はむしろ良夫側の、唖然とさせる行為の本来であればしかるべき“場所”なのに…笑)、真理子がある人と過ごしているその瞬間だけは瑞々しく、綺麗なものとして描かれる。
真理子側に起きているこの出来事は「他者に自分の存在を受け入れられたと感じるとき、その瞬間だけは自分にとって特別なもの」という、実はこの映画に通底するテーマも示唆しており、うまいなぁ。
この場面で行われている行為自体は犯罪同然なのにあれ不思議。

他にも低身長症の“お客さん”と真理子が行為を致す場面。
そこは映像ではなく、ナレーション付きの写真で描くのもまた、テーマに共通する瑞々しい場面として描かれており、印象的。


そんな、モラル的にも法規制的にもアウトな行為を繰り返してきた兄妹には、「そりゃそうだろ」という顛末が待ち受けている。
なかにはこの映画を「モラルに反した彼らを良しとする描写に違和感」と捉える方もいるかもしれない。
ただ、自分はこの映画を、彼らの行為そのものを、決して「良し」とはしていないように思う。
彼らは最初から最後までアウト。

ただ、それでもラスト、とある人物の余韻を残す表情によって、この映画で描かれた出来事の明白な“アウト”のなかに、それでもこの人にとっては「他者に自分の存在を受け入れられたと感じる」ことができた特別な瞬間だったのでは。
そしてその"特別な瞬間"を結果的には意図せず作り出したものの、自らの手で終わらせた彼の相手を探るような表情、着信。
と、なんとも名状しがたい余韻を残して終わる。

そして、このモラルに反した世界のなかでの愛らしさと、名状しがたい余韻を残したラストこそ、まさに片山慎三監督が助監督として見てきたポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』『グエムル』『母なる証明』などの映画を観たときに抱いた独特の余韻を連想させる。

しかも、単にポン・ジュノを連想させるだけでなく、きちんと日本ナイズされているのも好ましい。
兄妹の住む家屋、夜のお店、高速道路のサービスエリア駐車場、学校のプール、公衆トイレなど、ロケ地の日本という実在感が良い。
また、上述のプールで起きる唖然とさせる展開も、麻里子がのめり込んでいく性行為も、それぞれ見せ方が単調でなく、伏線回収の手際の良さ、映像表現としての幅、どれをとっても低予算でありながら「映画って本当表現豊かだなぁ」と思わせてくれる。
まさか、あのヒゲ面の中年男性である良夫が公園で遊んでいる姿を観てかわいいと思える瞬間があるだなんて笑



はい、という訳で、ポン・ジュノ監督の映画が好きの自分的には遅まきながら観て良かった!
例えるならわざわざ新大久保に行かないと食べられない、買えないと思っていた韓国系の店舗が、より日本ナイズされた形で立川にあった!的なお得な発見をした、一本でした〜。
(例えが余計でしたらすみません!笑)
ジャン黒糖

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