ヨーク

大いなる緑の谷のヨークのレビュー・感想・評価

大いなる緑の谷(1967年製作の映画)
4.3
ジョージア映画祭2本目。
いやこれは面白かったですね。しかもただ面白かっただけではなく、いわゆる名作だと言っても差し支えない作品だなと思いましたよ。なんだろうな、品格や風格といった言葉はその実態がイマイチ何となくの雰囲気でしか分からずに権威主義に基づいたノリで言ってるだけ感が強いのであまり好きなワードではないのだが、この『大いなる緑の谷』にはそのようなオーラとでも言うべきもの感じましたよ。このような作品にこそ名作としての品格や風格があると言うべきではないだろか。
という感じでいきなりベタ褒めな感想文の出だしになってしまって即こういうことを言うのも何なのだが、しかし面白い映画かというとちょっと微妙かなーというところがあった作品でもあった。いや面白いよ。面白いけど、いわゆる娯楽作品的な愉快で痛快な面白さとは無縁の作品なのでまぁどっちかというと渋い文芸作品という感じではあります。そういう感じの映画なので正直序盤辺りは結構スヤスヤしてしまったのだが、しかしかなり良い映画だったのは間違いない。
お話は当時ソ連の一部であるジョージアの広大な草原で少なくとも三代に亘り牛飼いとして生きているソサナというおじさんが主人公である。彼はいわゆる昔気質の人間で牛飼いとしての生き方しかできずにソ連の中央政府の重大な政策である集団農場に順応できないでいる。そんな状況で妻はこんな古臭い生活は捨てて町で生きていきたいというのだがソサナには古い生き方を捨てることはできない。またそれと同時にソサナが牧畜をしている土地には天然ガスだか石油だかが眠っているらしく、自然発火している洞窟などがかつての信仰の対象と残っていて息子に今までの土地の神話的な物語を伝えたりもするのだが、当時冷戦の真っ只中であったソ連がそのような地下資源を見逃すはずもなく代々受け継いだソサナの土地に開発の手が伸びる。またそれらの周囲の状況と同時にソサナと妻の冷え切った夫婦関係も同時に描かれるのだが、ソサナ一家の明日はどっちだ…というお話ですね。
まぁぶっちゃけてしまうと、ひたすらおっさんの苦悩を観るだけの映画です。ソサナおじさんが内心ではおそらく、ソ連の中央政府の意向に従って集団農場に移行してガスだか石油が出る土地も明け渡した方がいいし、妻の希望も聞いて家も町に移して一人息子も町の学校に通わせた方がいいんだろうなぁ、ということは頭の奥の方では理解もしているのだとは思うがしかし自分が生まれて育って人生の全てだった土地と生き方を今さら捨てることなんてできないよ、という自身の世界観の中から出ることができないという物語なんですよ。そしてそれだけじゃなくてソサナおじさんは妻が生きている世界とも相容れなくて、彼はいわゆる亭主関白で昔ながらの女は子供産んで飯炊きして男の世話さえしてりゃそれでいいんだよという現代SNSでそういうこと言おうものなら即炎上間違いなしという考え方を強く持っている21世紀基準では化石のような価値観を持っている人間なのです。
要は非常に保守的で不器用なおっさんなんですよね。そんなおっさんがこれからはそういう生き方出来ないよっていう現実を突きつけられてひたすら苦悩するだけのお話しなのに中盤以降グイグイ引き込まれるのが凄かったですね。もうね、国家としてのシステムの中の個としての人間の顔とロングショットで捉えた大自然との対比なんかがものすごく活きていて、あらゆるレイヤーの中で浮かび上がる個としての存在の孤独さが浮かび上がってくるのがありありと感じられる映画だったんですよ。
例えばソ連の政策としての集団農場があって、そのために町に移住して集団のパーツの一つとして生きていくのがこれからのやり方なのだとしても、ソサナの個としての顔はそれを受け入れられないのである。しかし時流に乗れないなんて不器用で馬鹿な男だなぁと思ってしまうところだが、そういうタイミングでジョージアの大自然、まさにタイトルにある大いなる緑の谷が雄大なロングショットで描かれて、いや冷戦構造の中でソ連という巨大な国家が大きな事業を運営しているけど、でもそんなの46億年かけてこの風景を作り出した地球様の大自然の営みに比べたらカスみたいなもんだよな、とも思ってしまうわけですよ。そう考えりゃソ連だろうがアメリカだろうがちっぽけなものだし、いわんやそのちっぽけな国家の中の一地方で生きている牛飼いのおっさんなんて、ということを感じてしまう映画でしたね。
でもそれは超巨視的な視点で本作を観たときにそういう風にも観える、というだけのことであり、人は誰しもちっぽけな一人ぼっちで孤独な人間なのでソサナおじさんやその妻の人生が痛々しいほどに刺さる映画なのである。ちなみにソサナおじさんもその妻もお互いに不倫してたりして家庭としてはほとんど終わっているのだが、でもだからこそかつては美しかったそれらに縋りたくなるというソサナおじさんは哀れで矮小でありながらも、どこまでも人間味のあるおっさんであって嫌いになることはできなかった。
基本的にセリフも少ない寡黙な映画だったが、数少ない登場人物が心情を吐露するシーンは重みがあって映画的としか言いようのない凄味がありましたね。本当に重厚で正に映画を観たなー感が凄い作品だった。なんだろうな、感想文の最初に名作としての品格や風格を感じると書いたが正にジョン・フォード作品のような原初的な映画の芳香を感じるような映画でしたよ。いや別に『わが谷は緑なりき』とタイトルが似ているからというだけではなく!!
いや名作でしたよ、面白かった。
ヨーク

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