すずきたけし

ナイチンゲールのすずきたけしのレビュー・感想・評価

ナイチンゲール(2019年製作の映画)
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1825年、イギリスの植民地であったオーストラリア、タスマニア。犯罪者の流刑地となっていたこの地で軽犯罪で囚人となった主人公クレアは現地を監督しているイギリス軍の将校ホーキンスに使えていたが、ある日ホーキンスとその部下たちにレイプされ、目の前で夫と子供を殺されてしまう。
 復讐を誓ったクレアは銃を手にアボリジニのビリーとともにホーキンスたちを追うのであった。

 映画の舞台となる19世紀のタスマニアはブラック・ウォーと呼ばれるイギリスと現地アボリジニの戦いの真っ最中。歴史では最終的にイギリスによってタスマニアのアボリジニは絶滅させられていしまいます。
  当時のタスマニアは西洋から「生き地獄」と呼ばれるほど最も残忍な場所と考えられおり多くの重犯罪者がイギリスから送られていましたが男女のバランスをとるために軽犯罪を犯した女性もこの地へ送られ、島の男女比は8:1となっていました。女性にとって地獄のような場所。そしてアボリジニにとっても。
 映画はまさにその女性クレアとアボリジニのビリーの物語なのです。

 現地の地理に不慣れなアイルランド人であるクレアは道案内としてアボリジニのビリーを雇いますが、クレアもまたビリーを「黒人」として蔑み、警戒し信用していませんでした。当初クレアの態度も差別的で酷いものですが、タスマニアの過酷な地でサポートし続けるビリーに同じ人間としての敬意を持ち始めていきます。またクレアはアイルランド人なので劇中の25年前(1800年)にはそれまでイギリスの植民地であったアイルランドがイギリスに併合されていて、二人にとって故郷を奪った支配者であるイギリス人は共通の敵であることでお互い心を通わせるようになります。
アイルランドはその他にイギリスとの宗教上の対立が激しく(アイルランドはカトリック)、併合後にもアイルランド独立闘争はIRA(アイルランド共和国軍)によるイギリスへのテロなどが100年以上続くことになります(IRAが闘争終了を宣言したのは2000年)。

“わたしが描きたかったのは暴力についての物語。特に女性の視点から見る暴力の影響についての物語です。”
監督ジェニファー・ケントのこの言葉がこの映画のすべてですね。

 他者を排除し土地を奪い、入植する。植民地主義が暴力であったという事実と西洋人の傲慢さ残忍さ、そして男性社会の醜さ。映画でその象徴となるのがホーキンスという将校とその部下たち。アボリジニや女性へは残虐になる軍曹のルースだが、ホーキンスに叱られると「すみません・・・」とすぐに謝り大人しくなる。弱きものには強く出て権威にはひれ伏すというサイテーなクズ野郎。ルースのような弱い人間こそが実はもっとも暴力に依存する。このあたりは男性社会のディフォルメでしょうか。

クレアは仇であるはずのホーキンス大尉に銃を向けるものの引き金を引けず、復讐の機会を自ら逃してしまいます。見ていて「ええい!ひと思いにやっておしまい!」とイライラするのですが、このときのクレアは「人を殺める」ことへの恐れを持ったのではないかと思うのです。
そう、恨みを晴らすようなスカッとした映画ではないのです。
ここでよくあるリベンジエンタテイメントにならないところが、賛否が分かれるところかもしれませんね。

アメリカのネイティブアメリカンへの非道の行いと同じくイギリスの収奪による植民地政策はここオーストラリアでも行われていたものの、恥ずかしながら僕は全く無知でした。本作でそのことについて知るきっかけになってよかったと思いました。
またオーストラリアで自国の負の歴史を映画として描いていることに素直に尊敬しましたし、また本作はオーストラリアの一地域だけにとどまらず人間の暴力性を問う普遍的な物語だと思います。
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