すずきたけし

アメリカン・ファクトリーのすずきたけしのネタバレレビュー・内容・結末

アメリカン・ファクトリー(2019年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

労働ってなんだろう。

2020年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門受賞の『アメリカン・ファクトリー 美国工厂』
 2008年にゼネラルモーターズ(GM)の工場が閉鎖されたアメリカ、オハイオ州のデイトンで2015年に中国企業として米国初進出したガラスメーカー“フーヤオ(福輝)”が旧GMの工場を再開させた。
当初アメリカ人の雇用を生むことで歓迎され、現地社長やマネージャーもアメリカ人を揃え、郷に入れば郷に従えとアメリカ式労働を尊重するが、徐々に中国式経営が幅をきかせていく。

〈アメリカ人を知ろう〉という中国人向け研修では
“ここは自由が許される国だ
違法でない限り好きなことができる
大統領をダシにふざけても誰もなにもしない
服装を重視しない
彼らは素直にものを言い裏表がない
わかりやすく実用的で現実的だ
あいまいさや理屈を嫌う”
というふうにアメリカ人気質を教えていたりします。

給与はGMの工場の時の半分。初任給の時給は14ドル。
安全管理が不十分で就業中の怪我も発生。
中国本土の工場見学に出向いたアメリカ工場のマネージャーは現地の中国人から「1日8時間しか働かず無駄口も多く生産性が上がらないのに給料もらうとかwww」と文句を言われる。
なんちゅうか、ブラック企業の意識高い系社員に普通の仕事してて文句言われてる感じですよ。もちろんお約束の社歌も社員で歌います。
実際に中国の工場では1日12時間労働。休日は月1、2日。
生産ラインの個々の作業は淀みなく、職人的なスキルで見学のアメリカ人も感嘆。
しかし朝礼では出欠を点呼で確認、軍隊のような規律重視の職場にアメリカ人は眉をひそめる。
それでもアメリカに戻ったマネージャーはアメリカ工場に朝礼を導入する。アメリカスタッフはだらだらと集合。おはようの挨拶に返事もなく、テンションはかなり低い。
こういった労働現場でのアメリカのノリとか、やる気のなさなど興味深いですね。このような部分だけを見るとアメリカの製造業が他国に取って代わられるのも宜なるかなと思わずにいられません。

 またフーヤオは生産性が落ちて会社にとって損失を生むだけの労働組合を嫌っており、労働組合の結成を阻止しようと会社は組合回避コンサルタントを雇い組合のデメリットを社員に教育。
結局、工場の副社長以下アメリカ人だった上層部は全て「期待外れ」として解雇。全て中国人に入れ替わります。

就任した新副社長は中国人スタッフらとのミーティングで「米国の文化は褒めて育てる文化だ。ここで育った者はみな自信過剰になる。超自信家だ。おだてにめっぽう弱い。馬の毛はなでる方に育つ。なでて導くべきだ。褒めて導くのだ」といかにも中国人らしい言い方でアメリカ人の扱い方を説明する。

 中国本社の労働組合本部は同社の共産党本部も兼ねていて、毛沢東から習近平まで歴代共産党指導者の写真が飾ったりして、政府の援助無くしてフーヤオがここまで発展することはなかったと組合長(フーヤオ共産党第一書記。会長の義弟)は豪語する。
ちなみにフーヤオの社員のほとんどが組合に入っているという。
 会長は穏やかで無表情ではあるが、たぶんこれまで政治家に取り入りサバイヴしてきたために表情を抑制することを学んだのではないかと推察してしまう。いや、かなりの政治力を駆使してここまで来た人なんだと思う。あの中南海に取り入ってたんだもの。
仕事とその利益そのものが国家への貢献になるという中国企業の労働意識と、アメリカ人の仕事は仕事、労働から目的意識と誇りと給料を得ることはあってもそこに国家と直結する思考はないんですよね。

 『ガン・ホー』(1986)という映画は、自国の自動車企業の工場閉鎖の後に当時経済の絶頂だった日本の自動車メーカーの工場が進出。そこで現場監督で雇われたマイケル・キートンが日米のカルチャーギャップに悪戦苦闘しながら工場を立て直すというコメディなんですが、このドキュメンタリーはこの映画の中国と日本を入れ替えただけの話ではあるのだけれど、現在では当時の日米とは比べものにならないほど笑えない米中関係になっている気がしました。余裕がないというか、なんというか。

ドキュメンタリーではある中国人マネージャーたちのミーティングで
「アメリカ人に残業はさせられないのか?」と質問が出る。
人事担当は「人事の立場だと強制はできない。無理だ」という。
するとある男性マネージャーは「中国では“義務”だ。奴らの意見など知るか。訴えればいいさ。日曜出勤させる」と言った。
またその男性マネージャーは組合支持派のリストを手に入れ支持派の従業員を解雇していく。
当初、アメリカ進出を王道(※)で行こうとするものの、結局覇道を進んでしまうのがなんとも中国らしいなぁと思いました。

このドキュメンタリーはあまりどちらか一方のメッセージに寄ったところがなく、中国人とアメリカ人の労働習慣、労働意識の乖離がとくに興味深いです。また彼ら労働力が将来において必要になり続けることが難しくなる現実も映し出して、本当に労働ってなんなんだろうと鑑賞後にため息がでてしまうドキュメンタリーでした。

※ 王道・覇道
中国儒家の政治思想。王道とは先王 (王者) の行なった道徳政治,覇道とは春秋時代の覇者の行なった武力による権力政治。孔子は徳を政治原理とする仁政を理想としたが,孟子は王道と覇道を峻別し,両者は仁と利,徳化と武力の相違とした。そして王道の前提として人民の経済的安定を重視し,そのための諸策を講じた。戦国末の荀子はより現実的な王覇論を展開し,王者-覇者-強者-危者-亡者の系列のなかで,覇者の存在意義を高め,承認した。統一国家の漢においては,表現を孟子にかりたが,立場は荀子に近い王道論が政治原理として採用され,さらに董仲舒が陰陽五行説を導入して天人相関説を唱えた。
ブリタニカ国際大百科事典 より
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