Oto

蜜蜂と遠雷のOtoのレビュー・感想・評価

蜜蜂と遠雷(2019年製作の映画)
3.8
普段からピアノを撮る機会が多いから学びの多い映画だった...。
演奏映像として印象的だった手法は...
・基本的には逆光で撮ってエッジをハッキリさせる
・風間の狂気を演出するような、下から見上げる顔と、傾いたアングルで引きながら回転する鍵盤
・窓の貫通や、正面から通り抜けての顔、鍵盤上から回って正面へ
・英伝の過去の連弾の記憶やトラウマが反射する屋根
・心情の描写として客席側から撮るか、舞台側から撮るかで全然見え方が違う
・上手から移動しての鍵盤、至近距離で指を上から
・月光による顔面のスプリット
など。
演奏映像でもまだまだ新しいことできるんだな〜という気持ちにさせてくれた。
映画も載せているから良かったらチャンネル登録してね→ https://www.youtube.com/channel/UC43pFgXPnxGTQqGCTrIoQQA

「世界は音に溢れている」とあったけど、劇場を出た後に聴覚が研ぎ澄まされる映画で、テーマ的にはMr.Children「僕らの音」を連想した。
音楽に限らずクリエイターの動機は様々で、この作品で登場するのも、既成の枠を壊したいが人気が先行したアイドル、恐れを知らない天性のエンターテイナー、地に足のついた苦労人の生活者、過去の成功に囚われた即興の神童...。
その結果、どうしても完璧を目指す競争・技術の勝負のような側面は出てきがちなんだけど、自分自身もそれが嫌でピアノをやめた経験があってよくわかった。

英伝が抱えるこのような葛藤を非言語的に描写しているのも素晴らしかったし、そこにつながるヒントが「世界に溢れる美しい音を聞いて鳴らすこと」であるというのはかなり真理に近いと感じた。
時間芸術である音楽は特に刹那的で、記録や記憶として永遠になることはあるけれど、結局は「その場限り・その時限り」でしか存在し得ないものであるので、その意味でもこの物語の主人公は英伝なんだろうと感じたけど、最近ライブを撮影していてよく思うことなので響いた。

一方で自分に最も重なるのは圧倒的に明石なので、彼の家族の生活音から生まれたカデンツァが天才に影響を与えるという展開は非常に救いがあって好き。下手でも続けることに意味があるなんて綺麗事は言いたくないけど、客観的な評価だけで諦めるのは悲しいと思うし、そのバランスをうまく取った人物で良い。松坂桃李の視線の演技とかも良かった。
彼と記者の「一生ピアニストだけを目指してピアノを弾き続けていく気持ちがわからない」というのは考えさせられて、そこまでものにできているものが自分にはないなーと感じて鼓舞された。
妻との口論も、「アルゲリッチも明石も同じ」という意見も「お前にわかるような演奏じゃないと意味がない」という意見も、どちらもわかってしまうのが辛くて良かった。

脚本に関しては、推薦状、審査員、駐車場、水筒、馬...のような伏線の回収も良いけど、片桐はいりとか調律師みたいな回収されない伏線も良かった。
撮影に関しては、演奏に限らず、食事やランニング・海岸(是枝的)なども逆光が生きていたし、階段の会話とか連弾とかシネスコが生かされていて好き。
音響で気になったのは、会話に遠近感がないこと。セリフがオフの画とか面白いのに、誰の耳で聞いてるかという視点が抜けている(全てが聞こえてしまっている)シーンがいくつもあって気になってしまった。

劇場で終始いびきかいて爆睡していたおじさんと、雑談し続けていたカップル、この映画であれやるのはさすがに重罪。
"撮り方"に注目してしまった部分もあるのでもう一度良い環境で観直したいし、原作も読みたい。
深田さんや今泉さんのような自主映画から這い上がってきた人たちの話を聞いているとTOHOが邦画衰退の元凶であるのは間違いないし、有名キャストばかりで未知との遭遇も少ないから勧められなかったら間違いなくスルーしていた映画だけど、おすすめできる作品。
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