ウサミ

オオカミの家のウサミのレビュー・感想・評価

オオカミの家(2018年製作の映画)
4.2
コロニア・ディグニダという言葉の存在すら恥ずかしながら知らなかったのですが、本作を観る前には事前知識として必要なのかなと思い調べました。
ヒトラーを崇拝していた小児性愛者がキリスト教をモデルに共同体を作り、その実情は性的虐待と拷問に塗れた地獄であった、という歴史的背景の上で、その実態をアニメーションを通じて表現した作品なのかな、と思っていましたが…
コロニアでの地獄のような日々を内側から描くのではなく、外側から、なぜこの共同体が恐ろしく、なぜ幼気な子供たちがそこに縛り付けられざるを得なかったのか?を描く作品であり、想像よりゾゾッとするバックボーンの作品でした。

一つのオブジェクトをストップモーションで映すのではなく、映画を一つのキャンバスのように見立てて上からどんどん上塗りしていく、といった手法で、はじめての映像体験でした。

アリアスターが太鼓判を押すのも納得で、本作が特定の事件をクローズアップしその感情を深掘りする作品なのではなく、そもそも人間が支配し支配される恐怖とそこから逃げられない脆さを描いているため、歴史的背景を知らずとも、「確かに生きるってそうかも」的な、普遍的な感情に帰着する点がとても興味深いです。プロパガンダ的に凄惨な歴史を糾弾するのではなく、コミュニティに属する苦痛みたいなのを描いています。
人によっては、自分が所属するコミュニティ、会社や家族、そういったものに置き換えてしまう人もいるのでは。アリアスターが好きそうなの、分かりません?

いつまでも付き纏い、マリアを監視するオオカミ。
人の家に上がり込み、いつしか住み着くマリア。
家にいた二匹の子豚を、自分の理想の子供に作り替えるマリア。
命を守ったのに、手のひらを返す子豚たち。
隷属し、オオカミに助けを求めるマリア。
様々なシンボルが、いかに人が生きる力を奪い、奪われていくか、を描いています。
そして、共産主義的な考えを歪なシンボルの配置により、スマートに観客の心に浸透させるのです。

荒唐無稽なストーリー展開ですが、最初と最後さえ押さえておけば意味はわかると思います。途中の部分は訳ワカメですが、そこは摩訶不思議でグロテスクな映像を全力で楽しむくらいに開き直るが吉かと思います。
鬱映画というよりは、凄惨で芸術的な映画といった印象で、暗い気持ちにはならないが、人間というものに対する恐怖を味わえる作品だと思います。

本作のテーマやスタンス、映像表現含め、あらゆる意味で代替作品の現れないであろう唯一無二の映画だと思います。
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