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犬鳴村のsanbonのレビュー・感想・評価

犬鳴村(2020年製作の映画)
2.9
ストーリーにリアリティが無さすぎる。

「清水崇」監督は、ホラー映画の名手として名高い方ではあるが、そもそも僕は彼の作品に対して基本的に恐怖心を抱いた事がまずなく、監督の代表作である「呪怨」シリーズに関しても、全身白塗りのブリーフボーイなどが登場したりする場面は不出来なギャグにしか感じられず、失笑した記憶がある。

ちなみに、今作もたまたま夜中に目を覚ましたらたまたまTVで放送していたから、なりゆきで鑑賞したに過ぎない事を前置きしておこう。

では早速、今作の「ここがダメ」ポイントを話していきたい。

まず、今作には言わずもがな沢山の霊が出現しては、当然のように登場人物達に次々襲いかかるのだが、その姿は基本全身にぼかしがかかった残像のようにして描かれている。

この表現は、ホラーゲーム「零」の幽霊描写にどこか似ており、それも相まってか霊が大挙して押し寄せるシーンなどは、ゲームさながらの緊張感を味わうことが出来た。

しかし、この作品のいけないところは、霊の立場によってその見せ方を変えて、一貫性を逸している点だ。

明確に言うと、ハンチング帽を被った「謎の青年」が、幽霊でありながら生身の人間と同じように登場するのが、なんともまあ釈然としないのである。

作品によっては、生きた人間と変わらない姿で幽霊を登場させたりする事もままあるが、そういった場合は最後の最後に実は幽霊でしたといった"どんでん返し"が用意されていたり、必ず演出に対しての"必然性"を持たせたりするものだ。

だが、今作の謎の青年に至っては、そのような秘密などは特に無く、はじめから幽霊として登場するにも関わらず、まるで今でも健在かのような振る舞いを最後まで貫く。

これのなにがいけなかったかというと、怖い怖くないうんぬん以前に、ただ単純に"ややこしく"なってしまう点だ。

これまで現れた幽霊とは違う表現で描いたことで、まずこの人物の生死すら不明瞭となり、更には表現を差別化した事で無駄な深読みを与えてしまう事で、全く必要のない"ミスリード"を視聴者に与えてしまっている。

そして「生きてるの?」「死んでるの?」「普通の人に見えるのはなんで?」というこれらの疑問は、結局最後までモヤモヤしたままただの"雑念"と化す事となる。

次に、実在する心霊スポットや、それらにまつわるホラー作品が人に恐怖を与える理由の一つとして、その場所で凄惨な事故や事件が本当にあったという事実が"克明"に残っている事が挙げられる。

実際に、モデルとなった「旧犬鳴トンネル」では、過去に拉致監禁殺人や死体遺棄事件が発生しており、それに加えて交通事故などが多発する難所である事から、いわくつきの名所として有名になった。

このように、動かざる決定的な事実(リアリティ)が根底にある事が恐怖にとっては絶対的に重要なのである。

要するに、はっきりと過去になにがあったのかを開示する事がこの作品にも必要だったのだが、そのうえで劇中で語られた内容が下記の通りである。

・犬鳴村は土壌が悪く、犬を狩って食べていた事から蛮族のような扱いを受けていた。

・その地に、ダム湖を建造しようと電力会社の役人がやってくる。

・役人は、村人が犬とまぐわっているとデマを吹聴し、それを大義名分として虐待や拷問を繰り返し、住人ごと村をダムの底に沈めた。

このように犬との交配に関しては事実無根であるような説明が成された後、主人公がある方法で過去の犬鳴村にタイムスリップすると、とある監禁部屋の中で犬の傍らには出産直後の女がグッタリとしているのを発見する。

という事は、まだ臍の緒も繋がったままのこの赤ん坊は、犬と人との間に産まれた子供という事を示唆しているのか?

だとしても、赤ん坊はどこからどう見ても普通の人間である。

しかし、産んだ母親は後に犬のような化け物の姿に変貌する。

この時点で、獣姦が事実か否かがよく分からなくなる。

曖昧にさせたい意図もわからないから、この時点で物語を純粋に追う事が出来なくなり、更に最終的にこの物語は、その赤ん坊を巡ってタイムリープものに着地するから、納得感は完全に置き去りにされてしまった。

未見の方にはなんのこっちゃだろうが、いささか展開がSFファンタジーをし過ぎてしまっており、これではホラーに必要なリアリティからは遠く一線を退いてしまっているのだ。

呪いという概念自体がそもそも非科学的な事象である以上、物語上現実味のない設定は極力無くすべきというのが、ホラーに対するセオリーだと個人的には考えているのだが、今作はタイムリープとモンスターというファンタジー要素を更に二つも加えてしまった。

あくまで身近に感じられるからこそホラーは怖いというのに、熟練の監督ともあろうお方がその"原理原則"を理解していないようでもある展開である。

しかも、ダムの底に沈みゆく村を案じて、赤ん坊は謎の青年によって主人公に託されるのだが、当の母親はそれを拒絶。

村へのタイムスリップは、状況を鑑みるに"回想"ではなく"追憶"であり、村の行く末は母親も謎の青年同様重々理解しているはずなのに、何故赤ん坊だけでも助けようとする行動を妨害するのか。

というか、そもそもなんでお前ら迫りくる悪霊を前に後ずさりしかしないの?

立ち止まってないでとっとと逃げれば良くね?

と、出てくるキャラクター全員が、いちいち何を考えているのか理解に苦しむ行動ばかりとるのも、行動原理が終始不自然すぎてめちゃくちゃストレスが溜まる。

しかも、クライマックスで全然主人公とは関係ない血筋から、犬鳴村の血を引く少年が出てきたり、血族の一人を最後は普通に道連れにしたりと、最後のあの血を絶やさないでくれという悲痛の叫びは一体なんだったのか。

ちょっといろんな要素を盛り込みすぎて、あまりにもチグハグな内容になり過ぎてしまっていた。

ちなみに、感想を書くにあたって作中に登場する"童唄"について気になったので調べたのだが

「わんこがねえやにふたしちゃろ」

「あかごはみずにながしちゃろ」

これは

「ワンコ(犬)が姉や(女)に蓋(挿入)しちゃろ」

「赤子(奇形児)はみず(見ず、水)に流し(堕胎)ちゃろ」

という意味らしく、貧しかった土地柄食糧を担っていた犬を崇め、飢饉や災害から村を護る神事として犬と交わる奇習が行われていた事を、村人自らが自虐的に唄に残したという設定なのだという。

えぇ…ここまでの世界観を作りあげておいて、何故最終的にこの作品が完成したのか甚だ疑問で仕方がない。

これだけでもかなりのタブーである事は誰でも理解出来るし、それだけでも忌み嫌われ迫害され、不都合な事実と共に水底に葬られたのも普通に頷けるのだが、何故これを劇中で説明しなかったのか。

その上で犬人間やらタイムリープやらをやってるからダメなのだ。

もっと純粋にこの設定をストレートに広げていた方が、よほど生々しく気味悪くて恐ろしかったろうになと思ってしまうのだが。

とりあえず、モンスターものじゃねえんだから犬化は絶対にいらなかった。

余談

最近「ダークギャザリング」という漫画が気になって買ってみたのだが、これがまあ実に面白い。

自分は、年間200冊以上買う程度には漫画は読んでいる方だと自負しているが、そんな僕が久々に続きが気になってこうやって紹介したくなるくらいには面白い。

内容は、簡単に言えばホラー版「ポケモン」といった感じで、超強力な呪いに対抗する為に日本各地の心霊スポットを巡って「呪術廻戦」でいうところの「特級呪霊」をいっぱい捕獲して、その呪いにぶつけようという話。

なので、この作品にも犬鳴トンネルのような実在する場所がモデルとして登場するのだが、悪霊のタチの悪さは格段にこっちの方が上だし、ストーリーも思いのほかしっかりしていてホラー好きも中々楽しめる内容になっている。

絵柄に関しては無駄なエロと美少女が沢山出てきそうな雰囲気満載で(実際には結構硬派)、普段の僕なら絶対に手を出してないようなビジュアルだったので、これは良い掘り出し物だった。

まだ既刊が6巻と手に取りやすい巻数なので、気になった方は是非。
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