Oto

ラストナイト・イン・ソーホーのOtoのレビュー・感想・評価

4.1
大ファンのエドガーライト作品だけどこれぞ「新境地」でハラハラした。ベイビードライバーは「ミュージカルアクション」、ショーンオブザデッドは「ホラーラブコメ」だったけど、毎回新しいジャンルを発明してるのほんとかっこいい…。

映画監督は作品の中でいつも、願い(自分がなりたい人や見たい理想の世界・言ってほしいセリフ)を描いてきたと思うし、エドガーライトにとってそれは「フィクションやカルチャーに救われて現実をサバイブする主人公」だったと思う。今作にもその側面は大いにあるけれど、その一歩先にある「過去を美化する危険性」まで踏み込んだのがすごく新鮮に感じた。

ミュージカルやファンタジー的な展開から始まって、「おー!ぼくらの待っていたエドガーライトだ!」という期待に応えているからこそ、後半のサイコロジカルホラーとの落差に驚かされて、憧れの光の世界の裏に隠された闇について学ぶことができる。まるでジョーダンピールの映画を観ているような感覚すらした。『フロリダプロジェクト』もそうだった。

モチーフも、今作ではbeatsのヘッドホンとレコード、前作ではiPod classicとカーステレオだったけど、都会に馴染めずにフィクションへと逃げ込む主人公像は、いつも自分を救ってくれる。
けれど『ティファニーで朝食を』が予兆するようにその奥で実は犠牲になっている人がいる。監督自身がハリウッド女優のカタログ写真集を眺めながら、搾取されて不遇なその後を過ごした女優の多さに気づいたことがそのきっかけだったらしいけど、監督のファンだからこそ無自覚に消費してしまっていた事実にショックを受ける。

現代の物語は特に「リアル」が求められるけど、フィクションを作る大きな意味のひとつとして、夢や空想のような現実では描けないものを描けるということがあると思う。マルホランドドライブのように夢と現実、他者と自己の境界がわからなくなる展開や、ミッドナイトインパリのように過去の劇場へとタイムトラベルする展開もそう。
今作の夢の過去の中で二人が入り混じるダンスシーンもまさに白眉だったし、赤と青のネオンが音楽に合わせて点滅する外連味たっぷりの演出とか大好物だけれど、だからこそその後の悲しい現実が胸を打つ。

歌手やダンサーが実力だけでは名を成すことができず男性に搾取されていたことを夢で訪れた過去で追体験するのはまさに夢が悪夢に変わる展開で、監督の作品では全く味わったことのない感情になったし、純粋にすごく怖かった…。顔のない男たちに追いかけられ、夢と現実の境界がわからなくなっていき、自分を守ってくれていると思った存在が実は…。という人間の根源的な恐怖に触れられたような感覚があった。

表現としてはタイムトラベルやミュージカルのような遊びのあるものを取り入れているけど、その根底にある「デザイナーや歌手として、自分の実力だけで成功したい」という夢や、それを利用されて自分が搾取される恐怖というのは普遍的でリアルなものだと思うし、だからこそ現代から過去に遡って、被害者を抱きしめてあげるためにこの映画が存在しているような気がした。
呪いを現代にまで連鎖させずに、責めるのではなく寄り添うことを選んだ素敵な結末だし、かと言って決着をつけたわけではなくそれをずっと背負って生きていくというのも素晴らしいと感じた。

レコードとヘッドホン欲しくなっちゃったけど、タランティーノと話して60年台のプレイリストを作り始めたのも映画のきっかけになったという話を読んで、すごく刺激になったというか、ぼくの好きな人たちは聴覚からの刺激を創作に活かしてる人が多いので、自分もそうしたいと感じた。
https://theriver.jp/lnis-title-from-tarantino/

あとは参考作品、『欲望』くらいしか見れてないので、高橋洋も勧める『回転』『反撥』あたりから追いかけていきたい。やはりジャンル映画を更新する人は圧倒的にそのジャンルをリスペクトした上で破壊しているし、ツインピークスとかペルソナとか明らかにこのジャンル好きなので勉強したい。
https://twitter.com/tori_corleone/status/1469147588645756929?s=21

アーニャはいよいよ現代のマリリンモンローみたいになってきたなぁとか、トーマシンマッケンジーはオールドに続いてホラーの女王になりつつあるなぁとか、キャスティングも見事だったし、『お嬢さん』の撮影監督も務めたチョン・ジョンフンのフェティッシュでダイナミックな映像もすごくドキドキさせられた。

壁のポスターとか手作りの服とかおばあちゃんの時代の音楽とか、周りにどれだけ笑われようと自分の好きなものを堂々と愛したい。仕事柄、流行とかバズばかり考えてしまうけど、「勉強することはノリが悪くなること、同調ではなく破壊なのだ」って最近読んだ本にもあった。

その上で負の側面にも目を背けないで歴史を更新すること。そして、ブルーピリオドにもあったように、自らの願いを込めて作品を作り上げること。

想像以上にダークでシリアスな展開が長くて辛くもなったけど、だからこそ視野の広がるいい作品だった。
監督曰く「GoodはBadなしに得られない」。これは空白の吉田監督も「残酷すぎるくらいの不条理がないと、希望の光に気づけない」と言っていたのを思い出すけど、作家は闇と向き合う真摯さを皆持ってるのかもしれない。恐怖とか失敗とか挫折とか孤独とか解決したいbeforeとの向き合い方を学んでいる今なのかもと思う。
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