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ミッドサマーの会社員のレビュー・感想・評価

ミッドサマー(2019年製作の映画)
3.0
白夜の中行われる祝祭が意味するものとは。


民俗学を専攻する学生を中心に、スウェーデンに存在する民族の祝祭に立ち会う。白夜で明るく照らされながら行われる9日間の祝祭の中、徐々に高まる違和感や緊張感の後に、衝撃の真実が明らかにされる。
理解しがたいカルト映画として片付けるにはあまりにもったいなく、かといって監督の言う恋愛映画としてだけというにはいくつかの過程を経なければならないだろう。


主人公は学生でありながら、抗精神薬を服用していた。それは双極性障害を負った妹の面倒を見ているストレスからくるものであり、支えとなるはずの恋人との関係は倦怠と言わざるを得ない状況であった。
そんな中、妹も含め家族全員が無理心中をはかってしまう(不慮の事故?)。突然の家族の死は彼女をさらに追い込み、発作的に慟哭を起こす。友人達を交えてその集落へと向かうこととなるのは、家族を失った悲しみを抱えた中であった。
明るく降り注ぐ日の光の下描かれる緑の草原、白い衣装、色とりどりの花々は純粋に美しい。しかしそこに住む彼らの所作は、余所者にとっては多かれ少なかれ違和感を覚えることが多かった。不可解な声を発することやテーブルマナー等、挙げればキリがないが、徐々に徐々に不可思議な世界へと誘われていく。

中でも重要な価値観は言葉にして語られていた。例えば、集落の最年長者が次々と儀式に身を投じる場面。人生を18年一区切りにして、春夏秋冬に例えた直後であり、春が来るためには冬の時代を終えなければ、生命の循環を維持することが出来ないことが示される。そしてそれは喜ばしいことだという。その考えは終盤のシーンに繋がっていくが、儀式を以て感情を昇華することによりコミュニティの維持存続を図る、古くからのしきたりなのである。


また、薬も一つのモチーフとして描かれる。主人公は込み上げる不安を押し殺すため、抗精神薬や睡眠薬を常用する。また友人達も、快楽を求め薬物に手を出していた。そして村では、儀式の際の活力を得る手段として、薬物を混ぜた飲み物、あるいは香として摂取する。
つまり、自らの力のみを以てしては解決出来ない問題を前にして、彼らは力を得ようと魔力とでも言うべき力に頼る。そしてその力を以て主人公は、言葉が通じないはずの周囲の人々と溶け込むことが出来、またあるポジションに選ばれることとなるのである。

しかしその後目にするトラウマを植え付けるような場面に出くわした彼女を落ち着かせたのは、決して薬の力ではなかった。すでに彼女は、儀式を経て彼らの家族となっていた。周囲の女性達は、主人公と声を合わせて共に慟哭する。まるで自らの悲しみかの如く声を張り上げる。家族の一員として、共同体全体でその悲しみを共有し、昇華していくのだ。
ポジションに文字通り担ぎ上げられる、その前の場面において、恋人だけが浮いた存在として描かれる。すでに主人公と彼とは心が離れてしまっていること、また主人公が共同体に取り込まれつつあることを象徴的に表している。そして何より、もはや我々すらも観客の立場として客観的に、他人事として彼らの儀式を見ることが許されなくなっているという緊張感を抱かせる。


しかしラストシーンにおいて、儀式に選ばれ光栄であるはずの村人の一人は、炎に囲まれ死の直前になって泣き叫ぶ。たとえ薬の力を以てしても、死の恐怖を完全に拭いさることは出来なかった。しかし時既に遅く、村人達はまた声を張り上げ、その苦しみを代弁する。自らの痛みとして共感をすることでその苦しみを昇華し、またコミュニティの維持をはかっていく。
彼女にとって目の前の燃え盛る炎は、大切な者を失うという深い深い悲しみを表していた。かつての彼は家族を失った際黙って側にいてはくれたものの、悲しみを癒すことは出来ないままこの地に降り立った。しかし今は違う。「家族」がその悲しみを自分のことのように感じ、共に慟哭してくれる。最後の彼女の笑みは、そのことに気付いた救済の証であると見て取ることが出来る。

さらにもう一歩踏み込んでみよう。彼女は彼をただ恨んでいるわけではないのではないと考えられる。裏切られたことから、その恋人を許すわけにはいかず、儀式を止めることが出来なかったとする理解では、恋愛映画であるという説明には不十分である。
作中、儀式に身を投じ、自らを共同体のために犠牲にすることは、喜ばしいことであると述べられていた。既に家族となった彼女はその事を心から理解していることから、儀式において犠牲となる彼のその姿は、彼らに言わせれば喜びをもって迎えられるべきである。つまり、彼女自身だけではなく恋人をも救済することが出来たと感じた喜びの瞬間がラストシーンに描かれており、それこそが本作を恋愛映画たらしめる所以であるとはいえないだろうか


日が完全に落ちることない白夜では熟睡することは難しく、夢と現実の境が曖昧になる。18年周期でカウントした時、ちょうど真夏にあたる彼女達の一夏の出来事は、あまりに現実離れした衝撃的なものであった。非現実的なミッドサマーがもたらす、人間関係を内側から破壊していく狂気を描いた衝撃的な作品。



※訂正・追記
かの事故は、妹による心中に両親が巻き込まれた、という設定であった。

また、主人公が恋人との決別に踏み切る、完全な別れの物語という見方の方が真理のようである。

様々な方が指摘されている通り、ルーンの意味など、調べれば調べるほど深みが増す作品のようだ。
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