中産階級ぶたくんを舐めるな

TENET テネットの中産階級ぶたくんを舐めるなのレビュー・感想・評価

TENET テネット(2020年製作の映画)
4.4
【センスオブワンダーとノーランの弱点がアンビバレントさを生むSF】

核爆弾の部品を取り合って、いったり来たりを繰り返す話。時間を逆行するギミックは映画の構成自体を起・承・転・承・起とするだけにとどまらない。140分の長尺の中で、主な見せ場は3つある。空港での絵画保管庫襲撃と高速道路での部品を取り合うカーチェイス、そして終盤の核爆発食い止め&DV夫暗殺の同時作戦だ。
タイムトラベルの醍醐味として伏線回収の気持ちよさ、ある種の達成感が挙げられるが、この映画は前提となる時間逆行のルール説明を口頭説明と簡単な逆再生した映像という簡素なマジックで見せるのみであった。説明にもっと時間を割け、と言いたいのではなく、説明はチュートリアルを兼ねろよということだ。この映画内で事実上のチュートリアルとなるのは2つ目の見せ場であるカーチェイスの後のシーンだ。時間を逆行する世界で、敵を取り逃がした後、黒幕と思われる人物のもとへ話を聞きに行くのだが、自分はそれほど理解力が高くないので、このシーンで一瞬、混乱した。
時間を逆行している人物が通常の時間軸内に存在する人物と会話するには、逆再生された音声を逆再生して元に戻す翻訳機を必要とする。もしくは、もう一度正規の時間軸に戻るために回転扉に入り逆行の逆行でもって元に戻る必要がある。主人公はこのシーンで酸素マスクも、翻訳機も使用してないことから後者の手段をとったと推測できる。
タイムトラベルも出来んじゃん!
懇切丁寧な説明&チュートリアルがなかったため、自分はこのシーンでようやく気付いた。
従来のタイムトラベル映画では、任意の過去の時間を設定し装置を駆使し、その瞬間に移動するという仕組みだ。しかしテネットは放射線の逆放射、陽電子が時間を逆行するなどというもっともらしい理屈をつけて過去を遡るには同じ日数を要するという仕組みにした。
つまり9月18日から16日に遡りたい場合は、ここ2日間の動きの逆を行うことで遡るのだ。その中には逆行する未来(現在)の自分と正の時間軸に存在していた過去の自分とが同時に存在するというタイムパラドックスが生じる。そして逆行したままの状態では過去の人間との接触が困難なため、16日まで遡ったタイミングで回転扉に入り逆行の逆行でもって正規の時間軸に合流する。こういった手順で手間のかかる(ノーラン的に理にかなった)タイムトラベルが可能になる。
逆再生のアクション映画を作るというコンセプトから逆再生の動きをする人物との格闘、逆再生している突撃部隊と1時間の時差を利用した連携作戦など、膨らんでいったアイデアが、枝分かれ的に観客の「じゃあ、この場合はどうなるの?」といったWhat aboutと結びついていく。しかしそれは不十分であった。タイムトラベルの理屈を長ったらしく説明する映画もそれはそれで退屈だが、有無を言わさず展開していくにはこの映画は強引な設定であるし、ルールを観客に飲み込ませるには勇み足で、重要な説明的なシーンの直接的な描写は不十分な映画だったのは間違いない。反面、説明するだけが映画ではないだろうという気持ちもある。また同一時間軸上に過去と未来が同時に存在するという理論ゆえに前半で張られていた伏線が終盤に進むにつれて先読みができてしまうという弱点があった。裏の裏をかくような、どんでん返しがギミックとして高尚なものとまでは言わないが、この間行ったところに遡るストーリーで、過去と未来を並列させる説明のシーンが適切であったとは思えない。
まとめると、ややこしい設定ゆえに型にはまった三幕構成式の展開は「見やすさ」という利点として働き、設定の順を追った説明+伏線回収の段取りは最終的に『インセプション』や『インターステラ―』、『メメント』といったノーラン映画によくある「オチに落とすためのエモい展開」に結び付いてしまい同監督作が抱えるストーリー上の弱さを露呈させる結果となった。最後に他の一流監督に比べ、なぜかノーランだけ辛辣気味に批評してしまうことについての弁明をすると、この監督は技術的なデベロップメントに関して、業界貢献度は高いものの、作品そのものに対しては天才的とは言えず、むしろ意欲的な秀才といったところで、そのくせ「CGを一切使わない」・「現場での強権的な姿勢」などの触れ込みが蔓延しているその監督像とズレた周りとの認識の違いがそうさせているのだと思う。