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TENET テネットのはるのレビュー・感想・評価

TENET テネット(2020年製作の映画)
4.5
今作のロケ地はUS、エストニア、イタリア、ノルウェー、UK、デンマーク、インドなどと非常に多い。そんなロケ地でのメイキング映像の様子は、今となっては遠い過去のようだが一年前のことなのだ。こうして世界各地のバラエティに富んだ映像を「今この状況で公開する」選択を貫いたクリストファー・ノーランの意気込みにグッとくるものがあった。
やはりこの人は映画というものの魅力や、ときに起こる魔法を信じているのだろう。そうでなければここまで出来ないし、ともすれば「必要以上のことをしていないか笑?」という可笑しみも感じさせる。そんな唯一無二の作家なのだとしみじみ思う。

さてネタバレ。
鑑賞前から「これはノーランが撮った007作品」という導きがあったので、冒頭のオペラハウスのシークエンスでテンションが一気に上がる。畳み掛ける展開と、銃撃戦。その中で狭い廊下で対峙する相手が銃弾を避けようと左右の壁に交互に身体を当てるアクションなどはとにかくカッコいい。ガスによって観客が一斉に眠らされる描写もインパクト十分。リアリティのレベルはこのあたりで「なるほどそうか」と思わされる。まあ「これくらい換気が良いので劇場に来てくださいね」というメッセージも込められたかな笑。
誰が何の目的で、というところはまだ伏せられていて状況が掴めないとは言え、このような緊迫感のある大掛かりな襲撃シーンを見せられて「2時間半全力でついていきます」と心に決める。

バンジーでの潜入シークエンスはいかにもなスパイアクションを取り入れていて楽しい。サウスムンバイの実際の場所にこだわった撮影は、当地を知っていたり関心があった者にとってはたまらないだろう。マーケット、カフェ、ヨットクラブ、インド門、ブリーチキャンディ‥‥。今年は雨季に入ってから大規模な洪水が起こっているというし、実は昨年も。撮影はその数ヶ月前だった。気候変動もまた今作で語られた危機の一つだ。
とは言え、これだけ大量消費をしている超大作で触れられていいのか、というツッコミはあっても仕方ないけど。

いわゆる粗探しや考察系のブログ記事には関心がない。今作はそれでいいと思えるが、やはり主人公やニールの動機は気になるところ。
主人公がキャサリンにこだわって殺させないのは「目的」があってのことなのかどうか。主人公は内なる声に従っているように見える。しかしそれは彼女が未来に必要な存在だということを感じさせる。過去に遡って「母親」を救うという構図は「あの名作」と同じなのだけど、すでにマックスという子供は生まれている。だからニールは未来のマックスで、彼は主人公が母親の命を救うために活躍してくれることを知っている。それを手伝うし主人公を救うことが未来の自分にとっても重要なのかと妄想もしてしまう。
「世界を救う」と言いながらも主人公とニールに関しては個人的な感情の動機があるようだ。だからとりわけニールは人気が出ているのかな。

枝分かれのない決まっている時間線の中で、過去に戻ることもまた決められたことなのだという物語。タイムスリップもので定番の「未来は決まっていない」は今作では採用していないようだ。まあそうなると「破滅」が起こるのか。
あの銃弾の説明に伴って核融合や放射線のことも触れられたから、未来で起こる重大事は核戦争かなとも思ったら「それより悪い」という。まさか撮影の翌年にパンデミックが起こるとは夢にも思わないだろうが‥‥。まあ深掘りは筋が悪いかな、これは。
構図としては「終わりのない文化祭前日」のようだ。それこそが最悪の事態でもある。

音楽を担当したルドウィグ・ゴランソンの劇伴も素晴らしい。楽曲群はかなり実験的なものになっているようでこの作品に相応しい。
Dolby Cinemaで鑑賞したが、あれほどの重低音の響きは劇場でしか味わえないもので、あのような映像体験はそう味わえるものではない。

ノーランのフィルムやSFXにこだわる撮影は、いわば伝統の継承の側面もあって、アナログの技術を残していくだけでなく、まだ発展させようとしている。巨大な予算の中で発生したものがいずれ低予算作品でも活用される、そういうこともあるのが映画界。彼のアプローチ自体が過去と未来を繋いでいこうとするものなのかも。

ノーラン作品にカタルシスは求めていない。この超絶ユニークな作品を劇場でもう一回観よう。
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