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イソップの思うツボのsanbonのレビュー・感想・評価

イソップの思うツボ(2019年製作の映画)
3.3
今作における面白さのバロメーターに「カメラを止めるな!」のハードルうんぬんは関係ない。

それは、今作を観終わった後やけにとっ散らかった映画だったなぁという印象しか残らず、この作品で一体なにをやりたかったのかを考えてみる事にした結果、これはある種の"実験"であったのだろうという結論に至ったからである。

今作は「上田慎一郎」監督の他に2名のよくわからん監督も名を連ね"共同制作"の程を成している事から、恐らく撮影以外に脚本も3人の分作によるもので「序」「破」「急」を、それぞれがリレー形式で紡いでいったものであったと仮定すると、あのとっ散らかりにもかなり合点がいくのである。

まず、企画段階では「イソップ童話」の「ウサギとカメ」をモチーフに作品を作ってみようという事だけを決め、その縛りのみをルールにした状態で製作が始まったのだろう。

序盤の「中泉裕矢」監督のパートでは、冴えない女子大生の「亀田美雨」と、それとは対照的なタレントもこなす美人な同級生「兎草早織」の生活環境の差にのみ言及した作りとなっており、プロローグだけあって発展性もあまり無く、自宅での美雨と母親との会話もやけに冗長で無駄が多く、初見でこそ出来の悪さを感じていたのだが、それも次の人が話を広げやすくする為に、ネタになりそうな話題を無作為に撒いていたのだと今思えば解釈する事が出来る。

クオリティこそ低かったがこの序盤であれば、次にどんなジャンルにも振っていけそうないい塩梅の風呂敷の広げ方だと感じた為、トップバッターとしての役割はきっちり果たしていた思う。

そして、突然のうずまきアニメから始まる中盤の「浅沼直也」監督の脚本で、方向性が一気に急展開を迎え、縛りも無視されだしていく。

ここから、先程までとは毛色が全く違う「復讐代行業」を生業とする「戌井小柚」という少女とその父親がいきなりカットインしてくるのだ。

当初がウサギとカメモチーフのストーリーだったとするならば、この戌井は想定外の異分子であり、奇をてらおうとして完全に物語の流れを壊しにかかろうとしているのが分かる。

リレー形式で話を紡いでいくと、こういう荒唐無稽な展開をさせて物語を無理矢理狂わせようとしてくる輩が必ず現れるものだが、この中盤のパートは正にそんな印象であった。

そして、美雨が母親と今度行こうと言っていたチーズタッカルビのお店のオープン日と、小柚の誕生日が同じ11月11日だったり、空から降ってきた亀が頭を直撃し怪我を負った男性のニュースが劇中何度も流れたり、美雨が飼っていた亀が家に帰ると死んでいたりと、この中盤から伏線らしき情報がちらほらと現れだすようになる。

しかしこれらの伏線らしきものは、ここに来てのオープニングタイトルから始まる最後の上田監督のパートで、ほとんどがスルーされ回収される事なく終わりを迎えてしまう事となる。

とはいえ、流石はカメ止めで見事なメタ構造を作り上げてみせただけの手腕はあり、序盤と中盤で既にほぼ噛み合っていない脚本を、最低限一本の作品に見えるようにそこそこ上手くオチはつけられていたと思う。

ただ、それでもやはり各パートの繋がりの無さは目に余る酷さであるのは否めない。

まず、中盤で提示された伏線らしきものを全部すっ飛ばして、上田監督自らが辿り着きたいラストに向けて、無理やり前の脚本をこじ付けていくやり方は苦し紛れも大概であった。

だって「母親は実は」とかも作中で読み解けるようなシーンは一場面も含まれていないし、戌井親子の存在に関してはあからさまに持て余しているし、その他各登場人物の関係性もそれを汲み取れる要素もなく唐突に明かされるばかりで、前フリと呼べる伏線が申し訳程度にしかない状態で種明かしが始まるから、当然府に落ちない展開ばかりが続く。

今作は、集客の為カメ止めのネームバリューを前面に押し出し、尚且つ大どんでん返しを謳い文句に宣伝してしまったようだが、それぞれのパートを全くの別人が好き勝手作っただけでそもそもが何も"返ってない"のだから、それは手段としては大間違いである。

そして、真実は定かではないが憶測通りリレー形式であればこのごちゃ混ぜ感もまた一興と思えるし、そう納得した今ならばそれなりに理解も出来ているつもりだが、鑑賞中はそんな事考えてもいないのだからフラストレーションを感じられずにはいられなかった。

なので、今作をこれから観てみようと考えている人は、これはリレー脚本なんだという事を念頭において、各監督の演出の違いを楽しみつつ、最後に上田監督がある意味でのムチャ振りをどうまとめたのかという点に注目して観てみると、この映画にも面白さを見出せるのではないかと思われる。

ちなみに、リレー形式というのは僕が勝手に納得する為に結論付けただけの言わば妄想であるから実際の真偽はなにも知らないのだが、そう思って観た方が恐らく精神衛生的にも穏やかな心持ちでこの映画と向き合える筈だから、そう仮定して損はないと思う。

ただ「イソップの思うツボ」というタイトルの意味するところはそれでも未だに不明である。