ひろぽん

あなたの名前を呼べたならのひろぽんのレビュー・感想・評価

あなたの名前を呼べたなら(2018年製作の映画)
3.7
厳格な身分制度の根付いたインドを舞台に、結婚が破談した御曹司・アシュヴィンと、彼のマンションで住み込みで働く未亡人のメイド・ラトナの切ない恋を描いた物語。


カースト制度が根深く残っているインド。建設会社の御曹司であるアシュヴィンは、婚約者のサビナとの結婚を控えているも、サビナの浮気により、結婚が破談となってしまう。新婚家庭に住み込みで働くはずだったラトナは、傷心したアシュヴィンを気遣いながらマンションでお世話をすることに。

階級格差の残るインドの御曹司とメイドの身分違いの2人による切ないお話。

現代のインドでも農村部では、未亡人は「人生終わり」と同じようなものだと語られる。若くして親の決めた相手と結婚するも19歳という若さで未亡人となったラトナは、再婚も許されず、花嫁の妹にも会えず、結婚式の写真にも写れないという、昔からの村のしきたりで虐げられる。

そんな彼女は、村を出てメイドとして働き、将来はファッションデザイナーになるという夢を持ち、妹の学費を稼ぎ頑張っている。

アシュヴィンの周囲の人達は、インド独特の階級を気にする人たちばかり。だが、彼はアメリカの生活が長かったことでそういった階級を気にせず生活しているため、階級が下であるラトナにも優しい気遣いができる紳士。

傷心したアシュヴィンと、健気に夢に向かって頑張るラトナが、交流していく過程で互いに思い合うようになっていく。ご主人を気遣うラトナと、彼女の夢を応援したいアシュヴィンが少しずつ言葉を交わしていくことで意識し合い、自然と愛に変わっていく描写がとても尊い。

贈り物の交換、一夜限りの女性の登場による嫉妬、妹の結婚式で帰省しているラトナの居ない喪失感など、何気ない日常の積み重ねで愛が芽生え、燃え上がっていく2人の関係性がとても素敵だった。

御曹司が未亡人のメイドと結ばれないことは誰もが分かっていた。アシュヴィンの友人も家族も、ラトナ自身も。アシュヴィンが良くともラトナはインドで生活する限り、玉の輿に乗って結婚できたとしても一生差別を受けながら生活することになる。誰もそんな道を望んじゃいないという議論の余地もない満場一致の感情がとても切なかった。

着ている服はサリーなのか、私服なのかで一目瞭然の世界。日々の何気ない仕草や扱い、振る舞いで登場人物の階級が明確に位置づけられ分かってしまう描写は凄いと思う。

セリフは少なく静かな映画なのに、視線や行動、表情や態度などで感情が伝わってくる。ワンポイントでインド映画の真骨頂である踊りがアクセントとして導入されているのが良かった。

本当は名前を呼びたいのに中々呼べないもどかしさの余韻が残る。終わり方も素敵だったし、その後の2人の物語をもっと見てみたいというラストだった。

原題の『Sir』は旦那様という意味で作中アシュヴィンのことをラトナが呼ぶ時によく使われるが、『あなたの名前を呼べたなら』という邦題もこの作品を表す最高のタイトルだと思う。邦題の中でも素晴らしい言葉選び。

好きな相手と結婚できなかったり、相手の名前を呼び合うことすらできないほど、階級差別が残るインド社会の生きづらさを痛感した。単なるロミジュリ映画ではなく女性監督ならではの良さを生かした表現が素晴らしかったと思う。

恋愛映画というより社会派映画
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