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ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビューのはるのレビュー・感想・評価

4.7
まずはオリヴィア・ワイルドに賛辞を贈りたいなと素直に思う。あの『リチャード・ジュエル』での演技も記憶に新しい彼女の「監督デビュー
作」がコレで(笑)、しかも抜群の出来になっているというのだから。ただし、日本ではありがちな製作順と公開順は異なるということで、今作を撮影したのが一昨年、イーストウッドによる悪意ある役どころを演じたのが去年である。だからあの新聞記者を演じることの葛藤は相当なものだったかと思い至る。
そこが気になってしまうのも、今作がフェミニズムなど現代的な多様性を描きながら、それらで何も引っかからずに「当たり前のこと」として肯定して配慮に満ちたものだから。過去の名作学園ものへの目配せがありつつ素晴らしい脚本のもとに「こうありたい」というメッセージを真面目にふざけながら伝えようとしている。
こういうことを感じていると、直前に観ていた『スケート・キッチン』との関連性を考えてしまうが、つまるところどちらも女性の監督と製作陣の視点が活かされているということだろう。アプローチやジャンルは違っていてもどちらも優しい。

ネタバレになるが、エイミーはクィア、モリーはストレートだったが現実は逆という。そういう演者二人の間の空気感はどこからが演技なのだろうと思えるほど、自然に彼女たちを作り上げていたと思う。そしてこの二人は友情もしくは愛情のみで繋がれていて、そこには性的なものが無いというのもこの物語にふさわしい。ケイトリン・デヴァーの出演作はいくつか観てはいるが、強く印象付けられたのは『ショート・ターム』だろう。ビーニーも彼女に対しては「あのショート・タームの子」としてスゴいタレントであると言っている。撮影に際しては2ヶ月ほど実際に同居して役作りに反映させていたというが、それでもあれほどに演じられるものだろうか。

主演こそ二人だが、レズビアンであるエイミーの変化のほうが丁寧に描かれていた。そして将来をはっきり語るモリーとそうでなかった彼女、という対比もその個性を表しているだろう。周囲からは「モリーのサイドキック」と見られていたし、「マララ!」はいざとなると反故にされる。しかしこういうモリーの独善的な性格は彼女にとってある意味羨ましくもあったか。
ちなみにパンフレットを購入したところ、劇中での最初の日にエイミーが着ていたジャケットの右肩に付けられた「マーキュリー計画」のロゴパッチを目ざとく見つける。彼女の進む道はまだまだ枝分かれしているように思える。などなど、こうして思わず掘り下げたくなるのも、ケイトリンの好演ゆえ。
モリーとエイミーの造形は愛らしく、偽造IDを作った理由が「大学図書館に入るため」というのは、よくあるパターンの変奏で笑えた。彼女たちがあの夜に「目的地」に着くまでの行動が「ブックスマート」ゆえに遠回りをしては「ブックスマート」らしく前進していくのが良い。身の危険もあった笑。だからあの時エイミーが犠牲になって警察にひとくさり文句を言うくだりでは、それも「ブックスマート」なのだと思う。自由や権利、そして抵抗の歴史を広く学んできた彼女にはそうするべきだと思われたのだ。殻を破ったようでありながらも、それが彼女らしさなのだと思う。「やるべき時にはやる」そういう精神がUS社会に浸透していることは現状が示している。

全体の配役がまた素晴らしく、観ていて特に気になったライアン役のヴィクトリア・ルスエガはスケーターであり、タナー役のニコ・ヒラガもそう。演技がどうというよりも、存在感で光るものがあって、それにスケートが偏在している社会において、絵になるパフォーマンスができる彼女らはこれからも多くの作品で観られるのではないか。そして今後もスケートものの公開が続くという流れは注目すべきだろう。

音楽(選曲)が良い、というのはもはやデフォルトなのかと思えるようになってきているが、エイミーがライアンを追ってプールに飛び込み、泳ぐシークエンスは最高だった。パフューム・ジーニアスの『Slip Away』込みでちょっと忘れられない美しさと儚さだ。
またアラニス・モリセットの選曲は意外だった。歌詞はふさわしいのだろうけど、年代としては彼らが聴くにはちと古い。まあメチャクチャ売れた彼女の1stの代表曲であるので、聴き継がれているのは無理はないのか。ライブで実際にアラニスの歌唱を聴いているので個人的には感慨深いし、ケイトリンが歌う『You Oughta Know』というのもレアで素晴らしかった。
そして「これってカーディ・B?」でお馴染み(笑)のカーディ・Bは、観賞後に聴いた楽曲群のインパクトと、プライベートな空間での彼女の雰囲気のギャップに驚くが、それもまた今作で扱われた「人の多面性」を実際に示している。

いや、ホント良い作品だなあ。オリヴィアは近い将来マーベル作品を手がけることが決まったようで、それも良かったなと思う。
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