Oto

はちどりのOtoのレビュー・感想・評価

はちどり(2018年製作の映画)
4.0
どうして自分は、学歴社会の青春をそこそこ楽しく過ごせたんだろう、家庭が、性別が、教師が、兄弟が、友人が、国籍が、時代が違っていたらどうなっていたのか。自分にとってのスケッチブックは何だったのか、塾講師は誰か。そんなことを考えてしまった。

狭い空間で揺れる心情をタイトな画で捉え続けることで、少女のどうしようもない日常の閉塞感が痛いほど伝わる、繊細で息が詰まる映画。

万引きもトランポリンも、刹那的な憂さ晴らしにしかならず、カラオケやラブソングは不良とみなされる。家父長制が継承される息苦しい巣から脱出する術はない。そこには相米慎二が描くような”祭り”すら訪れず、ただ死へと近づいていく嫌な日常が写実的に切り取られるという『パラサイト』とは対照的に遊びのない作品。

冒頭から繰り返し呼んでは返ってこない母親の声は、『千と千尋』の豚のように、親が他人に見える瞬間だろうか、喧嘩の翌日なのにテレビを笑って見ている両親の気持ちがわからない。

兄に殴られたと告発すれば自分が責められるし、そのせいで親友とも引き剥がされるし、餅づくりを手伝ったり不味いチヂミを切ることしかできない手を見て、わたしはここにいていいのかと不安になる。

彼女の瞳に写るのは世界のほんの一部で、クラスメイトや病室の人々から届くのは声だけだし、塾長の顔にピントは合わない。誰もがそれぞれの地獄を抱え、ドアを隔てて互いと向き合わずに暮らす。

唯一の救いは周りから「おかしい」と揶揄される自由な塾講師の存在。国の変革期においてその希望すらも永くは続かないけれど、彼女のことばとスケッチブックだけは背中を押してくれる。

「殴られないで」「黙って受け入れないで」という言葉が刺さった。創造性と充足感について研究していたチクセントミハイが、世界的に活躍している人々にインタビューした後に「創造的な人々は自らの感情にきわめて敏感」と語っていたのを思い出した。



memo
・巨匠の風格という評論がされているけど、たしかに空間の使い方には成瀬の映画を観ているような奥行きの面白さがある。流れていくトンネルの光や割れた電球を映しているだけなのに心情がひしひしと伝わってくる。
・902の住人は絶対に何かあると思ったので、終盤でジャンプしてた時に回収されなかったのは少し驚いた。
・サントラが心地良すぎて作業中にずっと聴いている。作曲家曰く「クラシックにインスパイアされた電子音楽」らしい。
・兄の涙の理由がよくわからなかったけど、家父長制というのは男性にとってもよろしくないものなのかもしれない。
・本作の元の短編は、監督が留学先で繰り返し見た夢をもとに、自身のトラウマを整理してできたとか。葛藤とかトラウマは大事にしないといけないと感じた。
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