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マティアス&マキシムの海のレビュー・感想・評価

マティアス&マキシム(2019年製作の映画)
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去年、3ヶ月くらい付き合ってたひとと、初めてデートした帰りの電車の中で、補助席を開けてくれた外国人のお兄さんが居た。氷結かなんかの缶を持ってて、ちょっと酔ってるみたいだった。そのとき、周りに誰も居なかったし、酔ってるだろうから、話してしまおうかと10分くらい考えて、結局話さず日記に書いた気持ちがある、「わたし今デートだったんです。本当に好きなひととは、違うひととデートだったんです。映画観てるとき、街を歩いたとき、かわいいと言われたとき、確かにうれしい、って思った。わたしは今ときめいている、と、このひとのこと好きだ、と思った。でも帰りぎわ、またねって手をあわせて握ったとき、このひとじゃないって思った。わたしの手、このひとの手を待っていたんじゃないって思った。でもそんなこと誰にも言えない、言ったら全部終わり。だからいま、死んじゃいたい」外国人のお兄さんは、わたしの隣に黙って3駅くらいのあいだ座ってて、やがて降りていき、次に私立の小学校の制服を着た女の子が隣に座った。その子はすぐに眠り出して、わたしの肩に頭をあずけた。前に立ってたカップルか夫婦が、わたしたちをニコニコして見ていて、いま、わたしとこの子、姉妹みたいに見えるのかなと思った。本当はいまここで会ったばかりの相手なのに。その子のチェックのスカートには、白いチョークの汚れみたいなのが付いてた。この子の、これまでの人生はいったいどんなもので、これからのことをまわりの大人にどれくらい約束されていて、わたしとどれくらい違うんだろう。わたしとあのひとの人生は、全然、何もかも、可笑しいくらいに違った。あなたのことを考えるとき、わたしはあなたにあるものを数え、わたしにないものを数えた。自分にあたえられた、ある瞬間、気持ちや感動や、泣くこと笑うこと、生きるという営みのなかに隙間なくぎゅっと埋め込まれたかけがえのないはずの機微を、「わたしだけだ」と思っていた多くのものの中の欠片を、映画の中に見つけるとき、わたしは、くやしくて、うれしくて、泣く。今日、この映画を観に入った映画館、出るときにふと気づいた、あなたの家の、最寄りの映画館だった。あなたに何かひとつでも、ないものがあったとしても、あのときあなたの「ない」は、ぜんぶわたしの「ある」だった。ぜんぶ、いとしかった。あなたがわたしの知らないところで、重ねてきた時間ぜんぶ、いとしかった。
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