亘

デンマークの息子の亘のネタバレレビュー・内容・結末

デンマークの息子(2019年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

【デンマーク人とは誰か】
2025年、コペンハーゲン。前年のテロから反移民の動きが高まり、極右政党が勢力を強めていた。一方アラブ人コミュニティに暮らす青年ザカリアは、生活が脅かされていると感じ過激派組織に入る。そして極右政党党首ノーデルを狙うテロの実行を進める。

近未来のデンマークを舞台に人種差別・移民問題・分断を扱ったサスペンス。前半と後半で主人公が変わることから大きく印象が変わるし先が読めない。特に極右政党の党首ノーデルはトランプ元大統領に重なるし昨今の情勢を見ているとありえなくもない話に思える。

本作の移民問題について感じたことはこの2つ。
・多文化共生政策
これは前半の主人公ザカリアが過激派組織に入ったきっかけにもつながる。
ヨーロッパ各国は、従来多文化共生政策を取っていた。これは自国の文化と移民の持つ各文化を尊重しそれぞれ共存しようとする政策。リベラルで理想的なのだけど、その結果スウェーデンではスウェーデン社会に溶け込めないソマリア系移民の町ができたり、フランスでもフランスの法よりも自文化の慣習を優先することが発生したり、分断の原因になりうるとして政策の見直しが議論されている。
本作の中でいえば、ザカリアは多文化共生主義の中で移住先の文化になじんでいない移民。なじまないからこそ余計に狭いコミュニティにとどまってしまい外の世界との分断も生じてしまっている。
もちろんザカリアの最たる契機は極右支持者からの攻撃。けれどもそこに至るまでには多文化共生主義の負の面があったのかもしれない。
とはいえ世界各地での先住民族や少数民族の文化迫害のように一方的に文化を奪い、押し付ける統合政策は人権的にも誤りである。
本作のもう一人の主人公アリは自ら異文化に統合し、デンマークになじんでいる。移民の妻と子供ともデンマーク語で話すし、家の内装も"デンマーク風"。確かに外見はアラブ系だけれども精神的にデンマーク人。アリがアラブ文化要素を生活の中にちりばめるような文化の融合ができればよいのかもしれないけども文化は各人のアイデンティティにも関わるところだから難しいところだと思う。

・排外主義者ノーデル
ノーデルはアメリカのトランプ元大統領がモデルかもしれない。自国第一で移民排斥を謳う。ただここで気になるのが、彼の妻がノルウェー人であること。彼は「同じスカンジナビア人だから」とするが、思えばトランプ元大統領の妻イバンカ氏もスロベニア出身だった。結局のところ彼らは外国人というより非白人を敵対視する人種差別主義者なのだ。

本作でも、ノーデルは命の恩人アリに感謝しつつもアラブ人には敵意を見せたまま。それにデンマーク文化を尊重するアリは"デンマーク人"といえるはずだけどデンマークを守りたい極右主義者は"デンマーク人"アリを人種だけで攻撃する。結局デンマークを守りたいのではなく単なる人種差別なのだ。

[反移民の高まり]
2024年にコペンハーゲン中心部で起きたテロ事件はデンマークを震撼し、反移民の動きが高まった。その流れに乗りノーデルは極右政党・国民英雄党を立ち上げ、翌年には極右政権が誕生しようとしていた。

[主人公ザカリア:デンマークになじめない移民]
アラブ系青年ザカリアはアラブ人コミュニティに暮らしていた。住民同士はアラビア語で話し、デンマークにいながら完全にアラブの習慣の下で暮らしている。あるとき団地に豚の頭と「出ていけ」という落書きを見つけ恐怖を覚える。さらにはほかの移民たちの窮状を知ると自分たちの生活を守るため過激派組織に入ることを決断。そして自分たちをのけ者にする極右主義者ノーデル暗殺を狙う。

ザカリアは、組織のメンバー・アリと家族ぐるみで交流しながら着々と準備を進めていく。ノーデルがいるところを狙い自宅を狙う綿密な計画を練ったにも関わらず、彼は警察に捕まってしまうのだ。

[主人公アリ:デンマークになじんだ移民]
ザカリアの逮捕は組織のメンバー・アリの通報によるものだった。アリは警察のスパイだったのだ。ノーデル暗殺を防いだアリは警察に戻りノーデルからは「あいつらは嫌いだが、君のことは好きだ」と感謝される。一方でザカリアとその母親からは裏切り者とけなされてしまう。

アリはザカリアとは対照的にデンマークになじんだ移民。妻も移民ではあるけれどもデンマークの習慣で暮らし、家での会話もデンマーク語。アリもアラブ系だから見た目では移民だけども精神的にはデンマーク人になのだ。

[アリへの危機]
そんな彼が次に追うのはノーデルと極右団体「デンマークの息子」の関係。移民への攻撃を計画するような組織とノーデルのつながりがあれば総選挙への出馬も問題となる。

しかし諜報を進める中で見えてきたのは彼自身の身に迫る危機。ノーデル当選の暁には移民への攻撃を計画していた。しかも実際にアリの家にも豚の頭や落書きが残される。アリ自身は確かに精神面ではデンマーク人ではあるけれども、外見的にはずっと移民なのだ。

[極右政権の誕生]
そして総選挙の日。ノーデル首相誕生の気運と共に極右の流れも高まる。アリは上司トビアスと共にノーデル宅に赴き過激な発言をしないように伝えるが、聞く耳を持たれないし、一方で自宅では妻と息子が襲撃されてしまう。アリは悲しみに暮れその怒りの矛先はノーデルに向かう。そしてついには彼自身が"テロリスト"となってしまうのだった。

まさに「自分たちを守るため」の攻撃で冒頭のザカリアと変わらないのかもしれない。憎しみが憎しみを生むといえばそうだけれども、アラブ系である彼が犯行をしたことで改めて極右支持者には追い風となってしまうのかもしれない。憎しみと分断の終わりが見えないやるせないラストだった。

印象に残ったシーン;アリがノーデルを襲撃するシーン
亘