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劇場の会社員のレビュー・感想・評価

劇場(2020年製作の映画)
3.0
自らの才能の限界を感じながらも、夢と現実との間でもがき苦しむ若者の物語。


売れない小さな劇団を率いる主人公の永田は、長年世間に評価されないことから卑屈な性格にねじ曲がってしまい、劣等感や嫉妬心から他者と協調することができなかった。
ある日出会った沙希は、そんな彼を大きな優しさで包み込んでくれる、理想の恋人となった。永田は押し潰されそうな不安のあまり、彼女の優しさに甘え、精神的にも金銭的にも依存する日々が始まる。

しかし彼にとって一番安心出来るはずの沙希は、その無条件にも見える大きな愛故に、重荷にすら感じるようになってしまう。劇団に参加してもらった際は、演劇部だった経験から高い評価を受ける彼女を素直に誉めることができなかった。日々特に何もしていないにも関わらず立派な仕事をしたかのように振る舞い、必死で働く彼女から逃げるように、あえて生活時間帯をずらす始末であった。純粋無垢な彼女の近くにいることで、覆い隠していた自らの醜さや劣等感が現れてくるのである。
その環境に耐えきれず、一度は同棲を解消するものの、酒を飲み気が大きくなった時は都合よく家に転がり込む。しかし酔いが覚めると自らの行いの惨めさに嫌気がさす。いつまでも劇作家としてだけでは生計を立てて行くことができず、友人にライターの仕事を振ってもらってなんとか食いつないでいた。


しかし物語は、沙希の内面に迫ることで深みを帯びていく。
永田が家を出てからというもの、深夜に家に転がり込む身勝手な行動に、次第に心が荒んでいく。東京での社会人生活を送る中で、精神的に不安定になり飲酒量が増えていく。永田の存在があまりに大きく負担となり、心が壊れていく。

そしてついに、永田では満たされない承認欲求の充足を他者に求めてしまう。その後の永田と沙希の二人乗りのシーンは、初めて永田が沙希に思いを伝えるシーンではあるが、不自然と言えるほど饒舌である。互いに支えあってなんとか生きているという脆さが二人の演技に現れており、儚い桜のイメージと重なり見ごたえのあるシーンだった。
元はといえば、沙希も女優を目指し上京したものの早々に限界を感じた若者の一人である。二人で貧しいながらも充実した日々を過ごす中で、押し潰されそうな不安と戦っていたのは、永田だけではなかったのだ。


ラストシーン、永田のおどけるあの姿は、かつてスクーターをきっかけとして二人がすれ違いを起こした時、沙希が必死に永田に呼び掛けようとした時の振る舞いであった。泣いている沙希の笑顔を取り戻すという意味に止まらず、想いが一方通行のまま二人の関係が幕切れとなってしまう切なさを表しているといえよう。

かつての淡い恋の記憶や、身の丈に合わない夢を追った記憶は、誰しもの心の奥底にあるのではないだろうか。年齢を重ねるに従って、現実の社会では恋心だけでは生きていくことができないことに気付く。また年齢を重ねることで、自らの才能の限界にも向き合うことが出来るようになる。
「一番会いたい人に会いに行く。こんな当たり前のことが、なんでできなかったんだろう。」劇場という名の通り、劇場でこそ見るべき「仕掛け」とともに我々に突き刺さるその言葉は、夢と現実との間で揺れ動く若者の心情を見事に表していた。

また折しも感染症が猛威を振るう中、劇場の中のあの空気感の表現は、我々を現実に引き戻すという物語上の作用だけでなく、むしろ逆説的に、その存在のかけがえのなさを思い起こさせてくれる効果を持つように感じた。
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