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死霊魂のドントのレビュー・感想・評価

死霊魂(2018年製作の映画)
4.5
 2018年。わ、わぁ……。観ました……。「わが国に対する意見を自由に出しあおう! 批判や非難も歓迎!」と中国共産党自らが旗を掲げた1956年の「百家争鳴」運動。2年と経たぬうちにそれは打ち切りとなり、「よしっ、批判や非難を言った奴は反体制派だな!」という取り締まりや弾圧がはじまる。その中で「再教育」として3000人ほどが送られ、飢餓が重なり多数の餓死者を出した夾辺溝収容所。その生き残りの人々たちにインタビューをしていく495分の大作ドキュメンタリー。
 圧倒的な、あまりに悲惨な、(作中にもある通り)ひとりやふたりの力ではどうにもならなかった出来事を前にしてなお、監督のワン・ビンは「これを映像で語り継ぐには、これしかない」と動じない。これ、とは「体験者の老人が語る」「収容所の跡地に行く」というだけである。ほとんどがそれだけの映画である。監督からの質問も少なく、あるのは語りと、景色と、彼らの今の生活背景(部屋の様子)ばかり。むしろそれ以上に何が必要なのか、と言っているようでもある。
 事実、老人たちが語る言葉には飾り気はなく、とてつもない経験だと言うのに語り口は穏やかだ。怒りながら喋る人、動揺しながら話す人、「何も話すことはない!」と言って少しだけは話してくれる人もいるにはいるが、少数である。それが逆に、出来事のあまりの大きさ・異様さを伝えてくる。体験者が語るには何か、巨大すぎる出来事なのだ、とわかる。
 第一部の真ん中にある「葬儀」のシーンは、本作で語られる出来事とは対照的だ。俯瞰して観ると「葬儀」のシーンは浮いている。が、人が死んだら弔い、泣き、埋葬するのはまず当然と言える。しかし収容所ではその「当然」がなかったのだ。そして跡地探訪では、石とか草のように人骨がそらへんにコロンと転がっている。「ウソぉ……」となる。土饅頭はあるが誰の墓か、誰の骨かもわからない。21世紀になっても中国政府は追悼の石碑さえ作らせない。これは、ウソではない。
 このような「当たり前」のない世界、不条理や不合理が直されず放置されている世界が、時空を超えて地続きで今も存在していることを示すには、浮わついた編集や演出などいらないことをワン・ビンは示す。「人が生きていた」「こんなことがあった」「今もそこはある」と語り、見せるだけで十分なのだ。長いなどとは言っていられない。魂を掴んで離さない8時間。なお本作は三部に分かれており、証言者や現地の映像をいわば「章」に見立てて細かく観ていってもいいと思う(アドバイス)
 最後に、このような凄い映画を配信してくれたGYAOさん、ありがとう。ワン・ビンのもう一本も観ます。ありがとう。
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