ドント

鏡のドントのレビュー・感想・評価

(1974年製作の映画)
3.5
 1975年。タルコフスキーによる映像の詩、みたいな感じ。精神が緊張しちゃってパキパキになっている青年の、幼年期とか住んでた家とか薄幸の母親の思い出とか燃える小屋とか水っぽい部屋とか、そういう様々な過去や現在がゴチャゴチャと入り組んで画面の上をたゆたっていく。
 のっけから吃音と身体の硬直で困っている青年が看護師から「はい、あんたの緊張は頭から来てる! いちにのさんで治るよ! いちにのさん!」という豪腕ソ連式治療法(※偏見)を施されている長回しからはじまって度肝を抜かれる。抜かれるが、その後は詩情あふれる映像が連なってワァ、となっていく。
 おれはアホなのでこの連なり、繋がり、並びにどういう意味があるのか、順序に深意はあるのかなどはわからないし考えない。そもそも全体が良くわからない。たぶん虚実混交の思い出のスケッチだと思う。しかしとにかく、よくわからないまでも滅法に美しく、憂鬱で、また甘美でもある。
 オッサンが立つ草原を風が渡ってくる美しさと言ったら筆舌に尽くしがたく、燃える小屋はまるで世界の終わり(『サクリファイス』だ)のようである。雑然とした印刷工場を黙々と歩くパワフルさには頬を張られるし、幼少期の主人公(たぶん)が昔の家へと走っていくスローモーションには心を掴まれる。そういうシーンがいっぱいである。
 アホなりに考えるにこれはタルコフスキーの自伝的側面もあるのだろう。父親がほぼいない代わりにおっかさんの努力、それへの感謝と愛が強い。老婆と子供が草原を歩いていくのを木々の隙間から捉えながらカメラがするすると遠ざかっていくラストショットは思い出が遠ざかって消えていくかの如き儚さがあって胸が詰まる。なんかよくわかんねぇのに「あ~」「うわ~」と思わされるのだからやはりタルコフスキーは偉いのである。
 以前、ソ連/ロシアの写実絵画展に出向いたことがあり、そこには農民や村民の生活に密着した絵が多数並んでいたのであるが、まるでそれらのような確固たるショットが本作にはひとつふたつではなしに存在していて驚いた。特別な場面ではなしに、部屋に座っているとかそういう普通の場面で、である。厳しい自然との生活を余儀なくされているが故のリアリズムが根付いていて完全に強い。水とか湿り気の監督と言われるタルコフスキーだけれど、完全に強いので乾きも風も撮れるということがよくわかった。
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